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「被害者の女性のことが、すごく好きだったみたいね。だから彼女へのプレゼントを買うために、ホストで稼いでいたみたい」


「君島が……麻里の為にホストを……」


 あの内気で消極的な君島がそんな副業をしていたなんて、全然気付かなかった。浩介はそれを承知の上で、俺に『質の悪い仲間とつるんでる』と、嘘の情報を吹聴したのか。


「あのさ。被害者の女性は木村さんの何なの?どういう関係?」


「彼女は勤務先の事務員さんなんだ」


「それだけ?彼女、木村さんの怪我を心配し尋常ではないくらい取り乱してたわ。とても勤務先の事務員とは思えなかった。てっきり木村さんの恋人だと思った……」


「彼女は恋人じゃないよ……」


「そう。蘭子姉さんも向日葵も心配してたわ。木村さんは一応住み込みの家政夫だからね」


「皆さんにご迷惑を掛けて、本当に申し訳ありません。退院したら、またお屋敷で働かせて下さい」


 今解雇されては、入院費すら払えないよ。


 ベッドに横たわる俺に、百合子は真っ直ぐ視線を向けた。


 その視線に……

 何故かドキッとした。


 何故なら、男勝りで口煩い百合子が大きな目に涙を溜めていたからだ。


 唯一、心を許し合える仲間だと思っていた浩介に裏切られ、人を信じた自分の愚かさに絶望し、虚しい心の亀裂に百合子の涙が浸透していく。


「百合子さんらしくない。どうして泣くんだよ」


「アンタがバカだから……。命は大事だと、私達に言ったくせに、二度とこんな無茶しないで。私……もう人が死ぬのは見たくないの……」


 百合子は肩を震わせポロポロと涙を溢した。いつも強がっている百合子の弱い一面を目の当たりにし、俺は動揺を隠せない。


「もしかしてご両親のことですか……?」


「そうよ。両親は事故で一瞬にして命を落としたの……」


「菊さんから聞きました。俺も事故で両親を亡くしました。百合子さんは俺より恵まれている。頼れる姉妹が傍にいたのだから。俺には頼る兄弟もいなかったからね」


「私は……桜乃宮家の血は引いていないの。母の連れ子だったから。実父は家庭内暴力を振るう最低な人だった。離婚した母は私を育てるために銀座のホステスになった。お父様と母は銀座のクラブで知り合ったのよ。笑っちゃうでしょう?ホステスの娘が、桜乃宮財閥のお嬢様だなんて。

 ……私も蘭子姉さんもお父様と血の繋がりはないの。桔梗さんは蘭子姉さんを身篭もったままお父様と結婚したのよ。だから、蘭子姉さんの本当の父親は誰なのかわからないの」


「まさか……」


「これが桜乃宮三姉妹の真実。私達はアンタが思っているようなお嬢様じゃないの」


 百合子の口から語られた真実は、俺の先入観を覆す衝撃的なものだった。


「私達、もうあんな辛い思いはしたくないの……」


「百合子さん……。不安にさせてごめん。けど……俺はこれしきのことじゃ死なねぇよ」


 俺はまだ痛む上半身を起こし、泣いている百合子を抱き締めた。百合子は驚き、目を見開く。


「木村さん……!?」


「ちょっとだけこうさせて……。信じていた人に裏切られるって……。心を切り裂かれるくらい苦しい……」


「……うん」


 浩介に裏切られた俺……。

 寂しい心が……張り裂けんばかりに悲鳴を上げていた。


 生意気で高慢ちきなお嬢様だと思っていた百合子が、自分と同じ悲しみを背負い、己の弱さを隠すために虚勢を張って生きてきたことを悟り、俺は不思議な想いに支配されていた……。


 百合子があのお屋敷で、どんなに辛い幼少期を過ごしたのか……。


 それを考えると、胸が押し潰されるように苦しい。


 誰も信じない……


 誰も愛さない……。


 でも……


 人は……一人では生きていけない。


 傷ついただけ……


 苦しんだだけ……


 人は、人の温もりを無意識のうちに追い求める。


「……木村さん」


 百合子が、突然俺に唇を重ねた……。


 俺は驚きから、目を見開き……

 その柔らかな唇の温もりに、静に目を閉じる。


 百合子の背中に手を回し優しく抱きしめる。

 互いが、心に空いた寂しさを埋め合うように抱き合い、何度もキスを交わした。


 人のぬくもりが……


 こんなにも心地いいなんて……。


 俺……初めて知ったよ。




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