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「俺はもう帰るから、ゆっくり二人で食えよ。もしかしたら警察署から桜乃宮家の方にも連絡あるかもしれないし。同じ会社に強盗犯がいたなんて、桜乃宮家の令嬢にどう説明すればいいのかわかんねぇよ」


「桜乃宮財閥か。正規雇用の仕事と兼任してもいい住み込みの家政夫だなんて、太陽も上手くやったな。けど、もうクビだな。太陽のせいで桜乃宮家に強盗が入ったんだから。仲間だと疑われても仕方がないよな。じゃあ、麻里ちゃん一緒に飯食おう。上がっていい?」


「……ぅん。木村さん今夜はありがとう。明日は仕事行くから」


「そっか、無理するなよ。じゃあな」


 俺は浩介と麻里を残し、マンションを後にした。


 浩介の言葉をサラリと聞き流したが、俺が強盗犯の仲間……?


 冗談じゃない。


 盗み目的なら、わざわざ強盗犯を屋敷におびき寄せなくても、いくらでも盗むチャンスはある。何故なら、事件当日の夜、屋敷には三姉妹しかいなかったのだから。


 麻里に新たな恋の予感。

 君島の次は、浩介か……。

 浩介は信頼出来る男だ。


 君島に裏切られ、自暴自棄になっている麻里には、傍にいて優しくしてくれる男が必要だよな。


 俺には、その資格はないのだから……。


 ◇


 桜乃宮家に戻ると、敷地内にパトカーが停まっていた。裏口から屋敷に入るものの、警察官の様子が気に掛かる。


 蘭子と百合子、向日葵の三人が広い玄関フロアで警察官と話をしていた。


 警察官の手には、君島のつけていたブランドの腕時計と、麻里がつけていたダイヤの指輪やネックレス。百合子はそれを手に取り、蘭子と顔を見合わせる。


「私のジュエリーじゃないわ。ダイヤが小さすぎるし、デザインもありきたり。これはオリジナルではなく既製品でしょう。蘭子姉さんは?」


「私のジュエリーでもないわ。お母様のものでもないし、お父様の腕時計でもない。どれもシンプル過ぎて古いデザインね。向日葵はどう?お母様の遺品ではないの?」


「母はそのような高価なものは持っていませんでした。それに私のものではありません」


 三人のものではないというのか?

 君島が持っていたものは、桜乃宮家の盗品ではないのか?


「強盗と揉み合った時、犯人はガラス片で、手首を切りました。出血量からして深い傷ではないかと。容疑者の手首に傷痕はありましたか?」


 蘭子は警察官に問い掛ける。

 そういえば、現場に犯人の血痕が残されていた。


「傷痕ですか?手首にリストカットの古傷が複数ありましたが傷はどれも浅く、ガラス片で深く切ったと言うより、カミソリで切ったような古い傷痕でした。現場に残された血液と容疑者の血液型は一致しましたが、DNA検査の結果はまだ判明していないため、この宝石類を所持していたものが強盗犯かどうか断定は出来ませんが盗品でないとなると、強盗犯である可能性は低いかと思われます」


「そうですか。とにかく私達が盗まれたものではないので、誤認逮捕だけはなさらないようにくれぐれもお願いしますね」


 蘭子は警察官に盗品ではないことを強調し、警察官は『誤認逮捕』という言葉に、敏感に反応した。


「それは重々わかっています。通報があまりにも確信を得ていたことと、参考人が抵抗したため強制連行してしまいました。この事件は引き続き捜査していきます」


 警察官は深々と頭を下げて、引き上げて行った。


「蘭子さん、あの宝石類はこの屋敷から盗まれたものではないって本当ですか?」


「木村さん聞いていたの。お帰りなさい。任意同行を求められた方は、木村さんと同じ会社の人らしいわね」


「そうです。もしかしたら、この強盗騒ぎは俺のせいかも知れません……。桜乃宮家で住み込みしていると会社で話したから、この屋敷を狙ったのかも……」


「そう。同じ会社の人が犯人なら、木村さんがいると知りながらわざわざ強盗に入るかしら?それに、あの指輪もネックレスも腕時計も、全部私達のものじゃないから、明らかに誤認逮捕ね」


 君島が所有していたものが、蘭子達のジュエリーじゃないのなら、一体誰のもの?


 ……君島は、犯人じゃないのか?


「でも本当に物騒ね。木村さんの空き巣といい、当家の強盗といい、偶然とは思えない」


「それどう言う意味ですか?」


「容疑者が同じ会社の人と聞いて、もしかしたら空き巣も同一犯ではないかと疑ったの。木村さんの留守を狙うなんて、外出することを知っていたとしか思えないし。お正月にここに押し入ったのも、年末年始は私達が毎年海外で過ごすことを調べていて、今年も不在だと思っていたのではないかしら。もしかしたら木村さんに罪をきせるつもりだったのかも知れないわね」


 空き巣と強盗事件が同一犯……!?

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