52
ーー昨年の十二月二十三日……
俺が神戸に行く事を知っていたのは……。
◇
ーひだまり印刷会社ー
『よっ、太陽、クリスマスイブどうすんの?女呼んで飲み会やんねぇ?』
『クリスマスイブ?俺、二十三日は神戸だから』
『また神戸かよ。お前も好きだな。一夜限りのアバンチュールがそんなに楽しいのかよ?』
『まぁな』
『お前さ、麻里ちゃんと付き合ってんだろ?付き合ってんのに、浮気するなんて男として許せねーな』
突然、麻里の名前を出され俺は戸惑う。
麻里とのことは、今まで誰にも話したことはなかったからだ。
『麻里ちゃんと俺が?付き合ってねぇよ』
『まじで?俺、知ってんだぜ。麻里ちゃんのマンションにお前が出入りしてるとこ見たんだ。麻里ちゃんも遊びかよ』
ーーあの日俺は、嘘を吐くより正直に話した方が勘繰られなくてすむと思い、麻里との関係を話した。
『ちげぇよ。麻里ちゃんとは割り切った大人の付き合いだよ。俺が恋愛願望も結婚願望もないってこと、麻里ちゃんもわかってるし。お前も知ってるだろ』
『それって、セフレかよ。ちまちま金貯めてたのは、麻里ちゃんとの結婚資金じゃねぇのかよ?』
『結婚資金?冗談はやめてくれ。金は俺の全てだ。金は女よりも愛しい、俺の恋人だ』
『金が愛しい恋人だと?その恋人、いくら貯めてんだ?』
『安月給だからな、なかなか貯まんねーよ。これくらいかな』
俺は右手の指を二本立てる。
『二十?おい、まさか二百かよ。安給料でよく貯めれたな。お前は営業だからいいよな。新規契約すればそれだけ特別手当てが上乗せされる。羨ましいよ』
『まぁな』
『なあ、太陽、煙草一本くれよ。今、きらしてんだ』
『おう』
俺は上着のポケットから煙草とライターを取り出す。一本は自分の口にくわえ、もう一本を相手に渡す……。
『サンキュー太陽』
俺は……もう一本を……
アイツに……。
俺があの日、神戸に行く事を知っていたのは……
君島ではなく、浩介だ……。
◇
ーー年末にも浩介は俺にこう問い掛けた。
『太陽、正月どうすんだよ』
『世話になってる人が年末年始ハワイだから、俺は一人でのんびりするよ』
浩介は……俺の話を聞き勘違いしたんだ。
桜乃宮家の令嬢は全員ハワイに行き、屋敷には俺一人だと。
浩介は俺を強盗犯に仕立て上げるつもりだったのか……?
俺を貶めるために……?
胸騒ぎがした俺は、麻里の携帯に電話を掛けた。
『はい』
「麻里、いいか、よく聞け。俺の話に『はい』か『いいえ』で答えろ。俺からの電話だと浩介には悟られるな」
『うん……。どうしたの?』
「浩介の右手首に傷があるか見るんだ……」
『それがどうかしたの?』
「もし傷があったら、俺がそこに行くまで気をつけるんだ。浩介に気を許すな。いいな」
『よくわからないけど、そうする』
麻里に電話した後、俺は再び屋敷を飛び出す。
「木村さん、また出掛けるの?」
「ちょっと確かめたい事があって……。もし俺が、一時間経ってもここに戻らなかったら、警察に通報して下さい。俺は多摩川にある町屋ハイツってマンションの303号室にいるから」
「わかった。もしかして……空き巣の犯人がわかったの?」
「いや、ちょっと確かめたいだけだよ。アイツが犯人ではないことを願ってる」
「木村さん気をつけてね。そうだ、急ぐなら車使っていいわよ。滝口が表にいるから、送らせるわ」
「でも……」
「急いでるんでしょう?意地張らないで素直に使いなさいよ」
「……蘭子さんありがとう。車、使わせて貰うよ」
俺は桜乃宮家のリムジンに乗せてもらい、麻里のマンションに向かった。
車の中で空き巣の犯人が浩介でない事を、ただ一心に願った。
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