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工場の従業員は騒然とし、社長も警察官の説明に顔をひきつらせた。
浩介は俺の肩をポンッと叩き、走り去るパトカーを見つめた。あの君島が桜乃宮家に押し入った強盗犯の一人だったなんて、俺には信じられなかった。
犯人の体格と二階から飛び降りた身のこなしは、俺の知っている君島とは一致しなかったからだ。屋敷に侵入した強盗犯でないのなら、逃亡の際、車を運転していたのが君島だったのだろうか。
あのダイヤの指輪やブランドの腕時計が本物なら、君島が購入したとは、どうしても考えられなかった。平生の君島は私服もディスカウントストアで購入したような安物を身につけ、自分で作った質素な弁当を持参するような、慎ましい生活をしていたからだ。
その日の夕方、麻里は警察署から釈放されたが、出社せずその日は会社を休んだ。君島のアリバイはあるものの、麻里のマンションを外出した空白の数時間に何をしていたのか語らず、取り調べは継続して行われた。
俺は麻里のことが心配になり、退社後、麻里のマンションを訪ねる。チャイムを鳴らすとドアが開いたが、麻里は疲れ果てた顔で、今にも泣き出しそうだった。
「麻里、大丈夫か?」
「太陽……。あの君島さんが本当に強盗犯なのかな。だとしたら、私のせいだよ。私、太陽が桜乃宮財閥のお屋敷で住み込みの家政夫してるって話したから……。住所も教えたの……」
君島は、俺が桜乃宮財閥の屋敷にいることを知り、狙いをつけたのか。
「麻里のせいじゃねぇよ。俺も会社で話したし、噂なんてすぐに広がる。桜乃宮財閥の事は全員知ってたさ。でも……どうしても腑に落ちないんだ。あの強盗犯が君島だなんて、機敏な身のこなしや用意周到な逃走車、俺には素人じゃなくプロの仕業に思えた」
スポーツが苦手で草野球も満足に出来ない君島が、プロの強盗犯だとは到底思えない。
「あの日、君島さん初めて泊まったの。夜中に……彼外出したの。その時間帯が……強盗事件の犯行時間と一致するらしいの」
君島には犯行時間にアリバイがない。
「私……罰があたったのよ。好きでもないのに君島さんと寝たりしたから」
「麻里」
「太陽の事、忘れたかったの。太陽の事……ぅっ……」
麻里は両手で顔を覆い、玄関先で泣き始めた。俺は泣きじゃくる麻里を抱き締めた。
「……ごめん」
でもそれは愛情からではなく、申し訳ないという懺悔の気持ちから……。
麻里と俺は割り切った大人の関係。
麻里も了承の上で、俺達の関係は成り立っていると思っていたが、それは俺の身勝手な解釈だったようだ。
「よっ、取り込み中かよ。お邪魔だったかな。麻里ちゃん、大丈夫か?」
不意に背後から声を掛けられ、振り向くとそこには浩介が立っていた。
「浩介。お前、どうしたんだよ。麻里ちゃんのマンションがよくわかったな」
「麻里ちゃんのことが心配で社長に聞いたんだ。でもその必要もなかったみたいだな」
ーー『俺は麻里ちゃんが好きだった』不意に浩介の言葉を思い出す。
浩介はずっと麻里のことが……。
君島が強盗犯の一人だとしたら、魔の手から麻里を救ったのは、警察に通報した浩介だ。
「俺も麻里ちゃんが心配だったから様子を見に来ただけだ」
俺がこれ以上傍にいても、麻里を傷付けるだけ。俺と一緒にいても幸せになんてなれない。
俺は泣いている麻里から離れる。
浩介は俺の顔色を伺いながら、ゆっくりと麻里に近づく。
「麻里ちゃん、大変だったね。君島は危険な男だよ。早く捕まって良かった」
「立野さん……わざわざ心配して来てくれたの?」
「うん。お弁当も買って来たんだ。どうせ何も食べてないんだろう。でも、弁当二つしか買ってきてねーや。太陽と食えば」
浩介は手にしていたビニール袋を持ち上げ「ほら」と俺に差し出す。だが、その言葉とは裏腹にその目は『邪魔だ』と言ってるように思えた。
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