太陽side

48

 蘭子と松平さん、上手くいったかな。


 一夜の女が蘭子であると、そう信じて疑わない俺。

 蘭子は泥酔すると記憶をなくす。俺との夜も忘れてしまっているのなら、この秘密は俺の心の中に留めるつもりだ。


 もしも鈴蘭の正体が蘭子であったとしても、今更それを口実に蘭子に交際を迫るつもりもない。あの夜の俺達は、最初から一夜限りの関係だったのだから。


 ◇


 騒動の翌日から、俺の仕事であった朝食の支度は免除となった。何故なら、三姉妹の食の好みを知り尽くした松平さんが、朝食も用意することになったからだ。


 ていうか、俺の仕事が松平さんの復帰により減った。


 菊さんの指示で、以前勤めていたメイド達も再雇用となり、松平さんを中心に屋敷の内部も活気づき、家事も円滑に回り始めた。


 ……要するに、俺はお役御免。


 この屋敷で、俺の担当する仕事はない。


 一ヶ月分の家賃を支払っているため、居住の権利はあるが、当初割り当てられていた仕事もなくなり、一ヶ月後はこの屋敷を追い出されても文句はいえない立場になった。


 この屋敷に越したのは、昨年のクリスマス。

 今日は一月五日だ。即ち、俺の猶予期間はあと二十日しか残っていない。


 空き巣はまだ逮捕されていないし、ひだまり印刷会社の今月分の給料が入金されても、アパートの敷金礼金にもならない。


 まじで俺、新年早々ホームレスかな。

 雪のチラつく夜の公園は、めちゃめちゃ寒いぞ。


「ふーっ……」


 折角好条件のバイトを見つけたと思ったのに、それも僅か一ヶ月だったとは、俺の運は所詮そんなものだ。


 ◇


 ーひだまり印刷会社ー


 仕事始め。

 社長や従業員に新年の挨拶を済ませる。


「太陽、明けましておめでとう。今年も宜しくね」


「麻里、明けましておめでとう。こちらこそ、宜しくな」


 麻里の左手の薬指には、キラキラ光り輝くダイヤのリング。


「麻里、どうしたんだよ、そんな高価なもの。それ本物のダイヤ?それともイミテーション?」


「この指輪、君島さんから貰ったの」


「あの君島が?安月給なのに、よく金があったな?」


「だよね。うちの会社給料安いから、私も心配になって聞いたの。そしたら私にプレゼントするために、わざわざ夜間にバイトしたらしいの。ダイヤのネックレスも貰ったのよ。本物のダイヤだって君島さんは言ったけど、太陽はどう思う?」


 麻里が俺の目の前に指輪を突き出す。


 ダイヤの指輪にダイヤのネックレス?

 もし本物なら、数十万はする品物だ。


 君島のヤツ、夜間にバイトしたとはいえ、やけに羽振りがいいな。


「私、君島さんにプロポーズされたの」


「プロポーズ?もう?」


「うん、ずっと私の事好きだったんだって」


 麻里はダイヤのリングをちらつかせながら、俺の目を捕らえて離さない。


「太陽、私どうしたらいい?」


「どうしたらって。麻里の好きにすればいい」


 麻里は不機嫌な表情になり、拗ねたようにツンと唇を尖らせた。


「やっぱりそうだよね。太陽には関係ないもんね」


 麻里の指でキラキラと光るダイヤが、俺には眩しかった。


 麻里を真剣に愛する君島が眩しかった。


 結婚は……

 俺には一生無縁だな。


 しかし、あの君島が夜間のバイトで高価な指輪やネックレスが買えるほど稼げるなら、俺もそのバイトを紹介してもらおうかな。


「よっ、太陽おめでとう。クリスマスにとんだ災難だったが、いい年を越せたか」


「浩介か、おめでとう。今年も宜しくな」


「太陽、ちょっといいか?」


 浩介に呼ばれ、俺は事務所の外に出た。

 駐車場に寒風が舞い、雪がちらついていた。

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