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 よく見ると、木村さんは長身で顔立ちも整っている。


「紹介するわ。こちらは執事の松平僚まつだいらりょうさん。そして……彼が……私の恋人、木村太陽さんです」


「……恋人?」


「恋人ぉー!?」


 松平さんと木村さんの声が仲良くハモった。木村さんは状況が理解出来ず、少し慌てている。


「太陽、イヤリングありがとう。この間、ベッドにイヤリング落としたのね。なくしたと思っていたの。ありがとう」


「……あ……ハイ」


 木村さんのことを初めて太陽と呼んだ。

 気恥ずかしさから木村さんの目を見ることが出来ない。木村さんも明らかに戸惑っている。


「松平、もう下がっていいわ。明日から宜しくお願いしますね」


「畏まりました。お嬢様失礼致します」


 松平さんは木村さんに真意を問うことも無く、直立し右手を自身の胸にあて、私に深々と一礼し部屋を出て行った。


「蘭子さん、俺が恋人だなんてどういうことですか?」


「これには事情があるのよ。でも私が木村さんのベッドにイヤリングを落としたのは事実でしょう」


「それは事実ですが、俺達の間に特別な恋愛感情があったわけではない。恋人だなんて誤解されてしまいますよ」


「誤解された方がいいのよ。私達は恋人、松平の前ではそういう事にしておいて下さるかしら。その方が都合がいいの」


 木村さんは退室することなく、私に不躾な言葉を投げかける。


「差し出がましいようですが、百合子さんから事情は聞いています。蘭子さんは執事の松平さんのことを……」


「その話はやめて。百合子が何を言ったか知りませんが、松平はお父様の代から当屋敷に仕える執事。それ以上でもそれ以下でもありません」


「相変わらず素直じゃねぇな。立場や身分が恋愛に関係あんの?お嬢様と執事が付き合ったら、罪に問われ獄門張り付けにでもなんのかよ」


 突然乱暴な口調になった木村さんに、私は戸惑っている。


「無礼な口は慎みなさい。家政夫のあなたに話してもわからないわ」


「その家政夫の俺に恋人を演じろと命ずるなら、それなりのことをしてもらわないとな。酒にまみれたキスはもううんざりだ」


「何のことよ……」


「俺達、地下室で何度もキスしてるんだよ。ツンとすまして気取っているけど、泥酔してる蘭子は大胆で淫乱な女だ。なぁ、たまにはシラフで俺としない?」


「ば、馬鹿にしないで。誰があなたなんかと。私に指一本触れたら、大きな声を出すわよ!警備員がすぐに駆けつけるわ!」


「どうぞ、ご自由に。好きなだけ叫べば。そんなことしたら、松平さんに嘘がバレちまうよ」


 木村さんは私を真っ直ぐ見据えにじり寄る。私の顔は恐怖で引き攣り、一歩ずつ後退りする。


 背中が壁にあたり、これ以上下がる事は出来ない。

 木村さんは獲物を捕らえた野獣みたいに、両手を壁につき私の動きを封じ、口角を引き上げ不敵な笑みを浮かべた。


「蘭子。今すぐ蘭子の甘い声を聞かせてくれよ。蘭子はどんな声で鳴くんだ?俺に聞かせてくれるなら、恋人の振りを演じてやるよ」


「や、やめて」


 私は木村さんの頬を叩く。ジンジンと痛む手、木村さんはその手をムンズと掴み睨み付けた。


「俺はもしかしたら……、あの夜もう蘭子の鳴き声を聞いたのかな」


「な、なによ。変なこと言わないで」


 木村さんは私の首筋に顔を埋め、首に唇を這わせた。体に電流が走るみたいに、私の体はビクンと跳ねる。


「お願い……。やめて」


「早く鳴けよ」


 木村さんの唇が耳を甘噛みし、その感覚に平常心をなくす。妖艶に動き回る唇は、高揚する頬に移動し私の唇に近付く……。


「……いゃっ!」


 両手で木村さんの胸を押し退ける。

 次の瞬間、木村さんの体が後方に大きく退けぞった。


「無礼者!蘭子お嬢様に何をする!」


 木村さんの首根っこを乱暴に掴み、怒鳴り声を上げたのは、ふだん冷静沈着な松平さんだった。

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