43
「菊さん、まさか……執事って」
「はい、
「松平さんは困るわ。菊さん……執事を雇うなら他の方にして下さい」
「もう無理ですよ。本日付けで着任しますから。もちろん当屋敷に住んで頂きます。松平さんのお部屋は以前と同じ、一階の一番奥の部屋を使っていただきます」
「菊さん、私に何の相談もなく勝手に決められては困るの!執事なら自分で手配します」
蘭子はかなり取り乱している。
父親の執事だった人物が自分の執事になっては、そんなに不都合なのか?
飲酒していないのに、こんなに平常心を無くすなんて、どう見ても普通ではない。
まさか蘭子とその執事に、男女の関係が……?
酒乱の蘭子が執事を襲ったとしても不思議はないな。
「この家もまた元に戻ったわけだ。せっかく自由を満喫していたのに、執事だなんてウザいな」
百合子が不満そうに暴言を吐いた。
百合子の爪には、珍しく赤いマニキュアが塗られている。
赤いマニキュアはあの夜と同じ……?
いや、偶然だろ。
赤いマニキュアなんて、どこにでも売っている。
一夜のアバンチュールを楽しんだ鈴蘭と、乱暴者で男みたいな百合子ではイメージが違い過ぎる。鈴蘭は派手な身形をしていたが、妖艶で美しい女だった。
「菊さん……。あのぅ……」
「向日葵さん、どうしました?」
「お父様は、私が石南花大樹さんと結婚する事を、強く望まれていたのでしょう?」
「向日葵さんはお父様のために石南花様と結婚されるのですか?それともご自分のために結婚されるのですか?」
「いえ……それは……」
「創士さんは、あなたと大樹さんが相思相愛になるなら、いずれ結婚なさればいいと思われていたのではないでしょうか。創士さんはご自身の結婚で辛い経験をされていますから。生きておられたら向日葵さんの意思を尊重し無理強いなど、なさらないと思いますよ」
「無理強いは……しない?」
「そうですよ。この時代に政略結婚だなんて時代錯誤も甚だしい。お嬢様方の結婚相手が誰であれ、この桜乃宮財閥がぶっ潰れることはございません。
桜乃宮財閥はそんな軟弱ではございませんよ。桜乃宮財閥は後継者問題で弛んだりしない。創士様が先代から継ぎ更なる発展と繁栄を遂げた桜乃宮財閥は、何があっても揺るがないのです」
「菊さん、そんないい加減なこと言わないで……。財閥も旧体制ではないのよ。今は大変な時代なの。私達三姉妹の結婚相手で桜乃宮財閥の行く末も左右されるわ。私はこの桜乃宮財閥を守っていく責任があるの」
蘭子は興奮気味に菊さんに反論する。菊さんはその様子を見つめ深い溜息を吐く。
「蘭子さん、まあまあ落ち着きなさい」
菊さんは徐に珈琲を飲み、ゆっくりと蘭子に語り掛けた。
「蘭子さん、あなたは何を焦っているの?そんなに心配しなくても、桜乃宮財閥は安泰よ。グループ企業のトップに立つ者達を信じなさい。彼らは創士さんを尊敬し創士さんと苦楽を共にしてきたの。創士さんもまた彼らを信頼していた。創士さんの後継者であるあなたを、誰も見限ったりはしないわ」
「菊さん……。そうでしょうか……。私……不安で……」
「私はね、ずっと思っていたの。あなた達には、桜乃宮の名に縛られ自分の心を失って欲しくないと」
「自分の心……?」
「そうよ、蘭子さん。大切なのはあなたの心です」
菊さんは三人に視線を向け、時に強い口調で語った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます