太陽side
42
一月四日、菊さんがハワイから帰国した。
首から沢山のレイをぶら下げ、ど派手な赤いアロハシャツを着ている。
両手にお土産の袋を沢山持ち、相変わらずのハイテンション。菊さんがいるだけで、屋敷の雰囲気はガラリと変わる。
……ていうか、行く前よりパワーアップしてるし。
「木村さん、強盗をやっつけたんですってね?見たかったわぁ。木村さんの武勇伝」
「菊さん、そんな暢気な。大変だったんですよ」
菊さんは笑顔で「ウンウン」と頷いている。
「でも、お嬢様がご無事で、本当に良かったわ。木村さんも怪我がなくてなによりね。もし私が居合わせていたら、強盗なんてコテンパンに退治したのに。残念だわ」
菊さんは身振り手振りで、小さな体を上下に動かす。
「なにしてるんですか?畑でも耕してるんですか?」
「あらやだ。柔道の技に決まってるでしょう」
いやいや……どう見てもそれは田植えにしか見えない。
「ハワイの新年はそれはそれは賑やかで。私ね、今年はクラブで年を越したのよ」
「クラブ?ホストクラブ?」
「やだわ。ダンスよダンス」
まじで?嘘だろ?
あの年齢でクラブ?
「ちょっと張り切りすぎて、今日は腰が痛いの。いたた……。木村さん、美味しい珈琲を入れて下さる?これ、お土産のチョコレート。たんと召し上がれ」
「ありがとうございます。すぐに美味しい珈琲を入れますよ。今日はゆっくり休んで下さい」
俺達はキッチンに入り、珈琲を飲みながらお土産のチョコレートをつまむ。
しかし、菊さんも毎年ハワイだなんて、使用人なのにリッチだよな。
そう言えば、菊さんの口から家族の話を一度も聞いた事がない。
菊さんって、家族がいるのかな?俺みたいに天涯孤独なのかな。もし旦那さんや子供がいれば、住み込みの家政婦なんてしないよな。
「それで、石南花様とのホームパーティーはどうしたの?予定通りに行ったの?向日葵さんは結婚前提の交際を承諾したのかしら?」
「向日葵さんなら、案外上手くいきそうですよ」
「まあ、あの向日葵さんが政略結婚を了承するなんて、大丈夫なのかしらね」
「菊さんはこの縁談に反対なんですか?」
「いえ、向日葵さんが石南花大樹さんとの結婚を望まれるのなら構わないのよ。ただ、好きでもないお相手と、御家のために結婚されるのなら賛成はしないわ。政略結婚で幸せにはなれないもの」
「菊さん?」
「まだ高校生なのに……。自分の将来を決められるなんて、可哀想ね」
だよな、結婚がどういうものなのか理解出来てない高校生が、親同士の決めた政略結婚で将来を決められてしまうなんて。俺なら我慢できない。
ダイニングルームのドアが開き、複数の靴音がする。
「菊さんキッチンにいるの?お帰りなさい」
ダイニングルームで三人の声がした。
菊さんはチョコレートを口に頬張ったまま、ダイニングルームへと急ぐ。
「お嬢様、只今戻りました。私が不在の間に強盗だなんて、本当に大変でしたね。警備員も配置されたとのこと、安心致しました」
「ええ、百合子や向日葵にもしものことがあれば、お父様に申し訳がたたないから、三人で相談して決めたの」
「それでいいのですよ。差し出がましいようですが、蘭子さんに執事も手配致しました。お仕事でお忙しい蘭子さんには身の回りのことをお世話する執事も必要ですよ」
「執事!?菊さん、私に執事など必要ないわ」
「そうですか?私には必要に思えますが。二年前に執事を解雇して以来、蘭子さんはご自分を見失われているように思われます」
「な、なにを言ってるの!?」
蘭子は明かに焦っている。
蘭子の酒乱と、執事が何か関係あるのか?
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