蘭子side

41

 私は逞しい腕に揺られ、夢心地。

 幼い頃、お父様はこうして私を抱き上げて、いつも優しく寝かせつけてくれた……。


 大好きなお父様の温もり……

 大好きなお父様の匂い……


『お父様……』


 重い瞼を開くと……


 き……木村さん!?


 どうして木村さんが私を抱き上げているの!?


 慌てた私は、木村さんの腕の中でバタバタと暴れる。激しく動揺し、ドキドキと音を早める鼓動。


 私、また……やってしまったの……?


 私には人に言えない悪癖がある。

 深酒すると、その間自分が何をしていたのか、誰と一緒だったのか、泥酔していた時の記憶をなくしてしまうのだ。


 よりによって木村さんの前で、また醜態を曝すなんて。


 急に恥ずかしくなり、動揺を隠すために身振り手振りで大声を張り上げる。


「きゃあ!離して!木村さん、降ろしなさい!これ以上の無礼は許さなくてよ」


 木村さんと目が合い、不覚にも鼓動がトクンと跳ねた。


 ーー私、あの日から……変なんだ。


 強盗事件が起きたあの夜から、私の中で何かが変わった。


 この高鳴る鼓動は……

 木村さんのせい……?


 同じ年齢なのに、私よりも冷静で……。

 それでいて時折見せる笑顔は少年みたいで……。


 百合子や向日葵を諭すように喋る言葉は、まるでお父様が二人に語りかけているような錯覚すら起こす。


 木村さんがここで働くようになり、二人にも少しずつ変化が現れた。


 フラスコに入っている液体に、新たな液体が加わることで、プクプクと化学反応を起こすみたいに、私達の心の中で変化が起きている。


 グレーの液体が……

 ピンク色の明るい色彩にほんのりと色づく。


 向日葵の頑なに閉ざした心を、木村さんは意図も簡単に開いた。百合子の心に刺さった尖った棘を抜いたのも木村さんだ。


 木村さんの透き通った瞳、あの優しい声……

 懐かしさすら感じるのは何故だろう。


 私……

 まさか、木村さんのことを……?


 そんなはずはない……。


 だって私には……

 愛する人がいる。


 この身も心も……

 彼以外の男性で、満たされたりはしない。


 だけど……

 どんなに愛しても、彼と私は永遠に結ばれることはない。


「向日葵、今日は本当にごめんなさい。あなたの将来を決める大切な日を台無しにしてしまって……。でも大樹さんが見違えるほど立派になられて、お父様の目に狂いはなかったわね」


「……はい」


 向日葵は消え入りそうな声で返事をし、小さく頷いた。


 これは政略結婚ではない。

 石南花大樹さんとの結婚前提の交際を、強制するつもりもない。


 お父様も私も願いはひとつ。

 向日葵に幸せになって欲しいだけ。


 華やかな生き方を嫌い幸せに背を向け、自ら雑草のような生き方を選ぶであろう向日葵には、リードしてくれる大樹さんのような男性が最も相応しいと確信している。








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