太陽side

40

 ホームパーティーを終え、地下室を訪れた向日葵は淡いイエローのフォーマルドレスを着ていた。


 いつも学校の制服で、廊下を掃除している暗い雰囲気とは異なり、華やかで明るくて太陽の下で誇らしげに咲いている向日葵の花のようだった。


 童話のシンデレラが、一夜の魔法でお姫様に変身を遂げたように、向日葵も煌びやかなフォーマルドレスと宝石に飾られ、財閥令嬢へと変身を遂げた。


 やはり、彼女もまた俺とは別世界の人間だ。


 セレブな人間はその地位や名誉に満足せず、政略結婚でさらにのし上がろうとする。清楚で汚れのない向日葵も、蘭子や百合子と同類なのか……。


 向日葵だけは……

 ピュアなままでいて欲しかった……。


 向日葵の目から涙がこぼれ落ちたと同時に、ふわっと甘い香りが鼻を擽った。


 まさか、向日葵も……?

 二人の姉と同じ香水を……?


 俺はその香りを確かめたくて、向日葵を両手で包み込む。


 やっぱりそうだよ……。


 あの夜と、同じ香水だ……。


 桜乃宮ブランドの非売品、三姉妹しか手にすることが出来ない香水。


 でも……あの夜の女が、向日葵のはずはない。


 向日葵は未成年だし、純真無垢な少女だ。

 政略結婚に対する反発?まさかな。


 意に添わない結婚相手だとしても、あの向日葵にあんな大胆な行動が取れるはずはない。


 だとしたら……

 やっぱり、蘭子なのか?


 百合子はショートヘアだし、乱暴者で男勝りだ。あの時の女はロングヘアで、妖艶な夜の蝶。百合子と鈴蘭では、あまりにもイメージがかけ離れている。


 泥酔すると記憶をなくす蘭子。酒に溺れ男に溺れ、一夜限りの男を忘れても不思議はない。


 香水の匂いを確かめた俺は、向日葵から離れ地下に続く階段を降りベッドに近付く。俺のベッドで爆睡している蘭子を両手で抱き上げた。


 やはり、蘭子からも同じ香水の匂いがほのかに漂う。


 あの夜、俺と一夜を過ごした鈴蘭は……。


「……んっ、やだ私……どうしてここに?」


 両手で抱き上げた途端、蘭子がパチッと目を覚ました。どうやら酔いはすっかり冷めたようだ。


「きゃあ!離して!木村さん、降ろしなさい!これ以上の無礼は許さなくてよ」


 俺の腕の中で、蘭子はバタバタと暴れ始めた。泥酔するたびに、家政夫にセクハラをしているのは蘭子の方だ。


「お嬢様、やっとお目覚めですか?」


 俺は蘭子を床におろす。

 蘭子は状況を理解出来ず、狼狽えている。


「やだ……私……、ワインを飲みすぎて……」


「はい。困ったお嬢様ですね。何も覚えてないのですか」


「ごめんなさい。向日葵……ごめんね。石南花様のご両親や桜乃宮の親族は?パーティーはどうなったの?皆様にご挨拶しないと……!」


「蘭子姉さん、パーティーはもう終わりました。お客様は帰られました」


「やだ、どうしましょう。私としたことが、こんな大失態をおかすなんて。木村さんが早く起こしてくれないからよ!どうしてくれるのよ!」


「はあ?俺ですか?」


 自分の不手際を俺のせいにし、逆切れしている蘭子。勘弁してくれよ。


「木村さん、私に何もしてないでしょうね」


「よして下さいよ。何もするわけないでしょう」


 あの夜の鈴蘭が蘭子なら、俺達はもうとっくに一線を越えてるよ。鈴蘭と蘭子、名前に同じ蘭の文字がついていることに気付き、ますます疑惑は深まる。


「そう、それならいいわ。お邪魔したわね」


 蘭子はツンッと鼻先を上に向け、地下室を出て行く。


 俺の部屋には、あの甘い香水の残り香が漂う。ドアを閉め、ベッドに腰を下ろし煙草を口にくわえる。ライターを握りしめたまま鈴蘭の正体に呆然とする。


「まさか……、あの鈴蘭が蘭子だなんて……」


 香水の匂い以外何の確証もないが、桜乃宮家の姉妹が拘わっていることは、ほぼ確定だ。


 蘭子だとしたら、本当に何も覚えていないのか?


 それとも、蘭子は忘れた振りをしているのか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る