太陽side
36
桜乃宮家のホームパーティー。
俺は約束通り、土竜のように地下室に引きこもる。
賑やかな声と人の気配が、時折上階から響く。
上流階級の人間の上品な笑い声を、バックミュージック代わりに聴きながら、一人でカップ酒を飲み自分の作ったおせち料理を摘まむ。
今日はホテルの一流シェフが、招待客に料理を振る舞っている。お嬢様たちも、高級なワインと高級フレンチを堪能しているはず。
所持金も乏しい俺には、これでも贅沢な正月だ。
ーー優雅な正月を愉しんでいた時、バンッと大きな音がして、地下室のドアが開いた。
その物音に、一瞬にして酔いが冷める。
その息遣いに、全身にぞわぞわと鳥肌が立つ。
嫌な……予感。
「あはぁ、うふぅ、見ーつけた」
やっぱり……。
俺の予感は敵中だ。
どうせ当たるなら、宝くじ当ててくれよ。
正月早々、トランプのジョーカーを引いた気分。
コツコツと不揃いのハイヒールの音がする。蘭子が泥酔しヨタヨタと歩いている証拠だ。
振り返ると、頬を染めほくそ笑む蘭子。
なにやってんだよ。
「蘭子さん、また深酒ですか?今日は親族やお客様を招いてのホームパーティーでしょう。当主が泥酔するほど飲んでは、ダメじゃないですか」
「ちょっとだけ、飲んだのらぁー。そしたら……ヒック……ヒッ……」
「どこがちょっとなんですか?いつもと一緒じゃん」
蘭子は淡いパープルのドレス。胸元が大きく開いたフォーマルドレスで、体のラインにフィットしたデザイン。
豊かな胸の谷間が丸見えだし……。
こんなに酔っていては、財閥のお嬢様というより、銀座のママにしか見えない。
「お正月は無礼講。今日は向日葵のお祝いだしぃー。みんなが『おめでとう。おめでとう』って、私のグラスに次々ワイン注ぐからぁーヒック……。こ、と、わ、れ、な、い、のぉー」
ていうか、断れ。
「向日葵さんのお祝いって何ですか?まだ成人式でもないし……?」
「ね、ね、木村さんは石南花財閥知ってる?そこの御曹司、大樹さんと向日葵が結婚前提で交際するのだぁよ。今日はそのお披露目なのぉ。うふうふ」
「結婚前提で交際?」
未成年者の向日葵が?結婚前提!?
向日葵はまだ高校生だ。
十七歳の女子高生が結婚前提だなんて、まさか……政略結婚!?
蘭子はいつものごとく俺に抱き着く。
「ちょっとだけぇ……ギューッして」
蘭子が俺に抱き着いた時、フワッと香水の香りがした……。
甘い香水……。
どこかで……嗅いだ事がある匂い……。
どこだろう……?
「キスしよ。キスゥー」
蘭子は俺に抱き着いたまま、赤い唇を突き出す。
「蘭子さん、待って下さい。この香水……どこのブランドですか?」
「香水?んふっ、これはね、桜乃宮家のオリジナルだよぅ。お父様がぁ私達をイメージしてぇ特別に作らせたのぉ。この香水はどこにも売ってないのらぁ。トクチューわかる?わかる?チュッチュッしよ」
蘭子は俺の頬に、蛸のようにチュッチュッと吸い付く。
「はいはい、わかりました。もうパーティーに戻って下さい」
この香水は、桜乃宮家のオリジナル?
さすがセレブなお嬢様だ。香水まで特注とは。
蘭子は俺に馬乗りになり、ベッドに沈める。
甘い香水の匂いが……
フラッシュバックのように、あの夜を映し出す。
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