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◇
あれは……十二月二十三日の夜だった。
ふらりと入店した神戸のバーの照明は薄暗く、ダウンライトが店内を妖しく照らすだけ。カウンターでグラスを傾けていた女は、大きなサングラスを掛け赤い唇に笑みを浮かべ、甘い香水を漂わせ俺を誘った。
港の見えるホテルで……
俺と一夜を過ごした女。
女の顔もハッキリ覚えてはいないが、覚えているのは、ベッドの上で戯れた女の濃いメイクと鼻を擽る甘い香り……。
長い爪には赤いマニキュア……
濡れた唇には赤い口紅……
女の裸体はライトの下で妖艶に絡みつき……
鼓膜には女の切ない喘ぎ声が蘇る……。
名前は……鈴蘭。
◇
「蘭子さん、もしかして……!?」
「……んっ……ふぅ……」
蘭子は俺にキスをすると、そのまま酔い潰れた。
ベッドに横たわる蘭子が、まさか、あの……鈴蘭!?
あの夜、鈴蘭とバーでワインやカクテルを数杯飲んだが、鈴蘭はこんなに豹変はしなかった。
鈴蘭はアルコールをセーブしていたのかな。蘭子がそんなに器用な女には見えない。器用に振る舞えるなら、人前でこんな醜態は曝さないはずだ。
蘭子の髪を掻き上げ、マジマジと顔を覗き込む。鈴蘭は蘭子よりも、もっと派手で濃いメイクだった。目も鼻も唇も、鈴蘭とは異なる気がする……。
だが、女はメイクと髪型で別人になれる生き物だ。鈴蘭が蘭子ではないと断定は出来ない。
ドンッと大きな音が鳴り、地下室のドアが勢いよく開いた。
「やっぱりここだ!ストップ!蘭子姉さんにそれ以上近付かないで!」
百合子がドンドンと足を鳴らし、地下室に降りてきた。
まるで、怪獣だ。
財閥令嬢らしく、もっと優雅に歩けないのか。
俺の目の前で仁王立ちする百合子は、ワインレッドのパーティードレス。ヘアメイクやジュエリーで美しく着飾り、いつもとは異なる女性らしい雰囲気に俺は戸惑う。
「……まったく、しょうがないな。蘭子姉さんがパーティーをセッティングしたのに、酔い潰れるなんて……。今日ばかりは仕方がないわね。こんな醜態をお客様に見せるわけにはいかないから、酔いが冷めるまで蘭子姉さんを頼むわね。酔いが冷めたら大広間に戻るように言ってちょうだい。それまでパーティーは私が仕切るから」
「ああ……」
百合子がベッドに近づき、蘭子の体に布団をかけた。
「わかってると思うけど、くれぐれも蘭子姉さんに手を出さないでよ」
すれ違いざま、ふわっと甘い香水の匂いがした。忘れもしないあの香りだ。俺は百合子の手首を掴み、腰に手を回し体を引き寄せる。
「きゃっ!な、な、なによ!何すんのよっ!セクハラ、婦女暴行で通報するわよ!」
百合子から香る甘い匂いは、蘭子と同じ香り。
どうして……同じ香水なんだよ!?
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