蘭子side
33
私達はその夜、震えながら眠りについた。
今まで体験した事のない恐怖。警察が屋敷を去った後も、体の震えは止まらなかった。
「蘭子姉さん……もう寝た?」
「百合子、あなたも眠れないの?」
「……うん。警備員の件だけど、すぐに手配してくれる?まだ犯人が周辺に潜んでいる気がして、私……怖いの」
「今回のことは全て私の責任よ。怖い思いをさせてごめんなさい。以前お願いしていた警備会社に連絡し、至急手配するわ。宿舎を解放し、屋敷に数名常駐してもらいます」
「……良かった。木村さんはウザいと思ってたけど、今回ばかりは役にたったわね」
「そうね。木村さんがいなかったら、私達どうなっていたか……。考えただけで背筋が凍るわ」
木村太陽……。
この日を境に、私達が彼に抱いていた感情が少しずつ変化し始めた。
『金品よりも、命が大事、全員無事でよかった』彼の言葉に偽りはなく、彼は私達を見つめ安堵した表情を浮かべていた。
それは在りし日のお父様のように……
とても優しい眼差しだった……。
彼は財産目当てで、私達に近付いたわけじゃない。打算的な考えでこの屋敷に住み着いたわけではない。
彼自身も空き巣に入られ、行き場を失いここに迷い込んだだけ。
男性が屋敷にいるだけで、こんなにも安らぎを得られるなんて……。
強盗の被害に遭い、私の自己判断で使用人を全て解雇したことは誤りだったと、この夜、包帯の巻かれた腕を見つめ痛感した。
◇
午前七時、私達は木村さんに起こされる。強盗騒ぎで数時間しか眠っていないのに、この状況でよく起こせるものだと半ば呆れる。
「皆さん、新年ですよ。明けましておめでとうございます。起きて下さーい」
「……っ、ウザっ。夜中に強盗が入ったのに、何が新年よ、何がおめでたいの。おめでたいのは、あなたよ」
百合子はすかさず、木村さんに突っ込む。
「それはそれ。これはこれ。強盗事件は警察に任せておけば、犯人はすぐに逮捕されますよ。新年を仕切り直しましょう。今朝はお雑煮を作りました。さぁみんなで食べましょう!」
「……は?バカじゃないの」
猫のように頭からすっぽり布団にくるまり、百合子が悪態をつく。
『木村さんはウザいと思ってたけど、今回ばかりは役にたったわね』私にそう言ったくせに、素直じゃないんだから。
「一年の計は元旦にあり!ほらほら、皆さん、お雑煮を食べましょう!」
「一年の計が元旦にあるなら、強盗入ったのは元旦だよ。もう最悪な一年確定じゃない」
百合子は嫌味を吐きつつも、渋々起き上がる。
今朝は礼儀作法に煩い菊さんもいない。三人ともパジャマやネグリジェのままガウンを着用し、サニタリールームで洗顔し、そのままダイニングルームに入る。
ダイニングテーブルの上には、重箱に入ったおせち料理が並んでいた。
「……いつの間におせち料理を?これ……あなたが作ったの?」
「はい。あれから寝れなくて、結局徹夜しちゃいました」
「徹夜……」
「菊さんに頼まれましたからね。『蘭子さん達の事宜しくお願いします』って。強盗に入られてしまったことは、全て俺の責任です。危険な目に遭わせ申し訳ありませんでした」
木村さんは私達に深々と頭を下げた。
徹夜したにも関わらず、疲れは一切見せない。それどころか、朝日のように清々しい笑顔……。
熱々のお雑煮はおもちと根菜類や三つ葉が入った白味噌仕立てのシンプルなもの。シェフの作る豪華な食材を使用したものとは異なり素朴なものだ。
「母のお雑煮を真似て作りました。田舎料理ですが、どうぞ」
差し出されたお椀を手に取る。
「……いただきます」
初めて彼の作った料理を口にする。
白味噌の甘い香りが、口の中に広がる。
素直になれなかった私……
口からこぼれ落ちた言葉は……。
「……美味しい」
私の言葉に、百合子と向日葵が顔を見合せた。二人もお椀を手に取り、お雑煮を口にし、頬を緩ませた。恐怖に震えた体、胃袋に温かなぬくもりが灯る。
「お口に合うかどうかわかりませんが、良かったらおせち料理もどうぞ召し上がって下さい」
彼の明るい笑顔に誘われ、私達は重箱に箸を伸ばす。
お父様が生きていらしたときには、食卓でこのように温かな時間を過ごしていた。
懐かしい……ひととき……。
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