32
「蘭子さん、百合子さんと向日葵さんは?」
蘭子は泣きながら首を左右に振る。
「ここで待っていて下さい。二人の無事を確認してきます。俺が警察に通報しますから」
俺は蘭子の体にガウンを掛け、百合子の部屋に向かった。
百合子の部屋のドアを開けると、そこには後ろ手を縛られた二人が身を寄せ合うように蹲っていた。
照明を点けようとしたが、強盗犯がブレーカーを操作したらしく点灯しなかった。
俺は二人の口に貼られたガムテープを剥がす。ガムテープを剥がした途端、百合子の罵声が暗闇に響く。
「何やってんだよ!この役立たず!」
口調は乱暴だが、その目には涙が滲んでいた。
「ごめん……」
向日葵は涙を溢すことも出来ないくらい、茫然自失状態だった。
後ろ手に縛られていたロープを解くと、百合子の手首には血が滲んでいた。俺は百合子の手首を白いハンカチで包む。
「こんなに怪我をして痛かっただろう。自力でロープを解こうとしたのか。包帯や消毒液はどこにある?」
「……キッチン……の棚の上」
「わかった。ここで待ってろ」
俺は部屋を出て一階に降り、ブレーカーを戻し、キッチンの棚から薬箱を取り出した。
警察に通報し再び二階に上がると、蘭子も百合子の部屋にいて、三人は泣きながら抱き合っていた。
蘭子も犯人に抵抗した際にできたと思われる裂傷を腕に負い血が滲んでいた。
俺は薬箱から消毒液を取り出し、百合子と蘭子の傷の応急処置をした。傷口に消毒液が染みるのか、百合子は「痛いってば。もっと優しく出来ないの」と、文句ばかり言っている。
蘭子はこの惨状を目の当たりにし、酔いが冷めたのか平常心を取り戻しつつあった。
向日葵も震える手で応急処置を手伝い、蘭子の腕に包帯を巻いてくれた。俺は百合子の手首に包帯を巻く。
事件に早く気付けず、三人を危険な目に合わせてしまったことに、我ながら不甲斐ない。
「蘭子さん、やはりこの屋敷に若い女性だけで住むのは危険だよ。警備員を常駐させた方がいい」
「……そうね。木村さん……ありがとう。あなたがいなければどうなっていたことか……。あなたのお蔭で妹達も助かりました。盗まれた金品も少ないし、被害も大したことはなさそうだわ」
「強盗がすぐに逃げ出したからよかっただけだよ。金品よりも、命が大事、全員無事でよかった」
サイレンの音が鳴り響き、所轄の警察官が屋敷に到着した。俺達は深夜遅くまで警察の事情聴取を受ける。
室内では、犯人の残した指紋や血液の採取が行われたが、黒い手袋を着用していたため指紋は採取出来ず、手がかりは微量に残る血液だけだった。
新年早々、散々な幕開けだ。
でも命に別状がなくて、本当に良かった。
早朝、警察官が引き上げ、三人は一階の和室に布団を敷き同じ部屋で就寝した。
俺は警察の許可を得て部屋を片付け、地下室に戻る。
強盗に盗まれた物は、百合子や向日葵が所有していたダイヤやルビーの高価なジュエリーや、ブランドの時計やバッグ。蘭子の部屋にあったジュエリーや現金数百万円。
蘭子は被害が少なくてよかったと発言したが、盗まれた金品と現金を合算した推定被害総額は、一千万円を超えていた。
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