向日葵side

29

 明日は大晦日。今年も後二日で終わる。

 年末になり、二人の姉もゆっくりと自宅で寛いでいた。


 毎年、桜乃宮家では年末年始をハワイかロスの別荘で過ごすことが恒例となっている。


 だけど、今年は何故か海外ではなく日本。今までお正月に自宅でホームパーティーを開いたことはないのに、蘭子姉さんは新年早々お客様を招待するらしい。


 いつもと違うお正月、これは蘭子姉さんの気まぐれ?


 一人でお屋敷の大掃除をしていたら、蘭子姉さんに注意された。


「向日葵、大掃除なんてしなくていいのよ。明日、業者に大掃除を依頼しているし、どうしても気になる汚れがあるのなら、木村さんにお願いするから」


 年末の大掃除は業者に依頼することは知っている。でも何かしていないと、自分が落ち着かないのだ。


「蘭子姉さん、私に掃除をさせて下さい」


「向日葵、あなたが掃除をしていると、私が無理矢理させていると解釈する人もいるのよ。誤解を招くような行動は慎んでほしいの」


「……ごめんなさい」


「謝らなくていいわ。それよりも、あなたに大切な話があるのよ。掃除はいいから、リビングに来て欲しいの」


「……はい」


 私はモップとバケツをその場に置き、蘭子姉さんのあとに続きリビングに入る。


 五十畳はあるリビング。部屋の隅には本格的なバーカウンターもある。お父様は週末になるとここでカクテルを作り、蘭子姉さんと一緒にお酒を楽しんでいた。


 室内を飾る家具や装飾品はお父様のコーディネートで全てイタリア製。天井には大きなシャンデリアがあり、部屋の至るところに世界的にも有名な画家の描いた絵画が飾られている。


 絵画が好きだったお父様が、世界中から収集したものだ。このリビングにある絵画だけで、数十億円の価値があるらしい。


 イタリア製のソファーに腰をおろすと、蘭子姉さんが私に優しい笑みを向けた。テーブルの上にはハーブティー。蘭子姉さんはカップにハーブティーを注ぎ、私に差し出した。


 いつもツンとすましている蘭子姉さんが、こんな風に微笑み掛けるなんてただ事じゃない。


 しかも、自ら入れたハーブティーをご馳走してくれるなんて、天と地がひっくり返るほどの衝撃だ。


「ねぇ、向日葵。石南花財閥しゃくなげざいばつ のご長男、大樹だいじゅさんのこと覚えてる?」


「石南花財閥……。大樹さんなら存じ上げています」


「アメリカの大学を卒業されて、来年日本に帰国されるの」


「そうですか……。それはおめでとうございます」


 石南花大樹さんとは、以前お父様がロスにいらした時に、一度お逢いしたことがある。


「実はね、大樹さんから向日葵と結婚前提の交際をしたいと、正式に申し入れがあったの」


「えっ?」


「石南花家は由緒ある御家柄だわ。これは願ってもない良いお話だと思うの。勿論正式な婚約は成人してからでいいのよ。結婚は向日葵が大学を卒業してからと思っているの。まだまだ先のお話だけれど、結婚前提でお付き合いしてはどうかしら?

 大樹さんは優秀な方よ。それにとてもハンサムだわ。幼い時から石南花財閥の後継者として十分な教育も受けている。向日葵の結婚相手として申し分ない方よ」


 婚約……?

 結婚前提のお付き合い……?


 高校生の私が……石南花大樹さんと!?


「それにね。これは政略結婚ではないのよ。お父様のご意志なの。生前、お父様から相談されたことがあるのよ。向日葵が成人したら、石南花大樹さんと婚約してはどうかと。お父様は大樹さんのお人柄に惹かれたようね」


「……お父様が?」


「ええ。だからね、今年は日本に残り新年のホームパーティーを開く事にしたのよ。大樹さんの帰国のお祝いと、あなたとの結婚前提の交際を親族の前で公表するつもりなの」


「蘭子姉さん。私は……まだ高校生です。結婚前提だなんて……」


「わかってる。そう堅苦しく考えなくていいの。正式な婚約も結婚もまだ先のことだから。向日葵にその意志があるのなら、ゆっくりと気持ちを育めばいいの」


「……はい」


 高校生の私に、石南花財閥の御曹司と結婚前提の交際なんて考えられなかったけど、蘭子姉さんに断る事が出来なかった。


 これはお父様のご意志だと、そう聞かされてしまったからだ。


 ◇


 ーー十二月三十一日。

 姉妹でオーケストラのコンサートを楽しみ、銀座のホテルでディナーをした。蘭子姉さんは「もう少し飲みたいから」と、一人でハイヤーに乗り込み、百合子姉さんは蘭子姉さんが立ち去るのを見届け、「大学の友人と約束があるから」と言い残し、銀座の街に消えた。


 私は迎えのリムジンに乗り込み、一人で帰宅する。


 帰宅後もこれといってすることもなく、いつものように玄関フロアの掃除をし、いつもより少し早めにベッドに入る。


 二人の姉は外出中だが、私は一人じゃない。

 地下室には木村さんがいる。そう思うだけで、心の中はマッチの火が灯ったようにほんわかと温かい。

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