28

 ーひだまり印刷会社ー


 その日、仕事を終えた俺はデスクの上を綺麗に片付け、麻里と一緒に事務所の大掃除をした。


 社長は工場内を社員と大掃除している。

 二人きりの事務所。俺は窓ガラスを拭き、麻里はモップで床を拭きながら、ポツリと呟く。


「太陽、私、君島さんと付き合うことにしたから」


「えっ?」


 思わず振り向いた俺、麻里の視線は床を見つめたままだ。


「今夜、二人でデートするの」


「そっか」


 俺は窓ガラスに視線を戻し、休めていた手を動かす。ガラスはキュッキュッと音を鳴らす。ピカピカになったガラスに、麻里の顔がぼんやりと映る。


「太陽、それだけ?」


「ああ」


 麻里は不満げに唇を尖らせた。


 大掃除の後、終礼を終え、みんなが意気揚々と事務所を出る。麻里が背後から俺に声を掛けた。


「……太陽」


「麻里ちゃん。よいお年を。じゃあな」


 麻里の言葉を遮断し事務所を出ると、工場の前で君島が麻里を待っていた。君島は俺に気付くと一礼しこちらに近付いた。


「木村さん、大変お世話になりました。来年も宜しくお願いします」


「こちらこそお世話になりました」


「俺、麻里ちゃんと真剣交際します。木村さんいいですよね?」


「は?それどう言う意味?」


 大人しい性格の君島が、俺に挑戦的な態度をとる。一途な恋は、小心者の君島の性格をも変えたようだ。


「木村さんは麻里ちゃんと付き合っていたんでしょう?だから……」


「何言ってんだよ。二人が付き合おうと俺には一切関係ねーよ」


 君島と話をしていると、事務服から私服に着替えた麻里が事務所から出てきた。


 真冬なのに、白いコートの下は太股を露わにした赤いミニスカートに白いロングブーツ。男を挑発するようなミニスカートに、男子社員の視線が向く。


「君島さん、木村さんと何話してたの?まだ私と木村さんのこと誤解してるの?木村さんは庶民には興味ないの。今は桜乃宮財閥の豪邸に住んでるんだから。きっとお金持ちのお嬢様にしか興味ないのよ」


 いつも俺に甘える麻里が、初めてキツイ言葉を浴びせた。この場で桜乃宮財閥のことを持ち出して欲しくない。


「何言ってんだか」


 都合が悪くなり、ポケットから煙草を取り出しライターで火を点ける。


「あら、木村さんなら、お嬢様を唆して逆玉とか考えそうだわ。君島さんは違うけどね。今夜は二人きりで飲みに行きましょう」


 麻里はこれ見よがしに君島の腕に手を回した。君島は照れくさそうに頭を下げると、麻里とタクシーに乗り込んだ。


 俺は二人の背中を見ながら、寒空に煙草の煙を吐き出す。白い煙も一瞬にして凍りそうだ。


「太陽、お前いいのか?」


 工場勤務の立野浩介たつのこうすけにポンッと肩を叩かれた。


「なんだ浩介か。あの二人が付き合おうと俺には関係ねーよ」


「本当にそうなのか?お前と麻里ちゃんのことは、みんな知ってるからな。いつ別れたんだよ。それとも麻里ちゃんに振られたのか?」


「え?どうして知ってんだよ?」


 俺達がセフレであることは、誰にも口外していない。


「お前ら、事務所でイチャイチャしてっからさ。二人の関係は周囲にバレバレだよ。それより君島さ、真面目に見えてかなりヤバイって噂だぞ」


「ヤバイ?何のことだよ」


「質の悪い仲間とつるんでるって噂だよ」


「嘘だろ?君島は勤務態度もいいし、小心者だよ」


「小心者がお前の女に手え出すか?麻里ちゃん、君島と付き合って本当に大丈夫かな」


「お前の考え過ぎたよ。麻里ちゃんもバカじゃねぇから、男を見る目はあるさ」


「どーなんだか。太陽、正月はどうすんだ?」


「世話になってる人が年末年始ハワイだから、俺は一人でのんびりするよ」


 そうだよ。

 麻里は男を見る目はある。

 それが証拠に、俺より君島を選んだ。


 麻里の選択は正しい。

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