27
翌朝、俺はいつものようにキッチンで朝食の準備をする。
「木村さん、おはようございます。昨日は随分遅かったみたいね」
「菊さん、おはようございます。夜遅くから掃除をしてすみません。煩かったですか?」
「あら、掃除してくれたの。どおりでお屋敷のどこもかしこもピカピカしてる。会社の用事で遅くなる時は、事前に知らせてくれれば私がするからいいのよ。それより、木村さんの会社は仕事納めはいつ?」
「今日までです。仕事始めは五日からです」
「そう、お里には帰らないの?」
「はい。帰るところなんてありませんから」
「そう、ご親戚はいらっしゃらないの?」
「親戚なんて、もう付き合いはありません。絶縁状態ですから、向こうも俺とはもう拘わりたくないでしょうからね」
「そうなの?私ね、今日からお休みを頂いているのよ。毎年ハワイで年を越すの。年末年始には、このお屋敷はお嬢様だけになるけど、宜しくお願いしますね」
「菊さん、毎年ハワイで年越しですか?いーなぁ。家政婦なのに随分リッチですね」
勤続年数が長いだけあって、きっとボーナスも沢山貰ってるんだろうな。恐るべし、桜乃宮財閥の家政婦だ。
「毎年、お嬢様もハワイかロスの別荘に行かれるのだけれど、今年は日本で過ごしたいって、蘭子さんが仰有るから、くれぐれも宜しくお願いしますね」
「……はい」
ハワイかロスの別荘って、一体何軒お屋敷があるんだよ。もしかして各国にあるのかな。俺には無縁だな。
折角の正月休み、このお屋敷に菊さんがいないなんて、俺はどうすればいいんだよ。
あの三姉妹もハワイかロスに行ってくれれば、俺は豪邸に一人、夢の楽園でノンビリ正月を過ごせたのに。
菊さんがいないお屋敷は、俺には針の筵だ。
「菊さん、おはようございます」
「蘭子さん、百合子さん、向日葵さん、おはようございます」
ドアが開き、三姉妹が次々とダイニングルームに入って来た。蘭子が俺に視線を向け口を開く。
「木村さん、あなたもお休みを差し上げるわ。年末から年始にかけてご実家にお帰り下さい」
「いえ、それは困ります。帰るところはないので、このお屋敷で年末年始を過ごさせて下さい」
蘭子が絶句し、百合子は声を張り上げる。
「えー!?年末年始、ここに居座る気!?」
「はい。いけませんか?菊さんにも留守を頼むと言われてますから」
百合子が眉をしかめ俺を睨みつけた。
「蘭子姉さん。想定外だわ」
「そうね。今年はお正月にお屋敷でホームパーティーを開く予定なの。お料理はホテルの一流シェフに依頼してるし、年末年始は清掃会社に依頼しているから炊事も掃除も不要。木村さんにお願いすることは何もないけど、くれぐれも邪魔だけはしないでね」
「邪魔?」
「大切なお客様をパーティーにご招待しているの。あなたに地下室からチョロチョロされたら困るのよ」
地下室からチョロチョロって、人を鼠みたいに。
「わかりました。人前には一切出ません。なので、ここにいてもいいでしょうか」
「そう約束してくれるなら、屋敷にいても構わないわ。お正月は菊さんも不在だし、男性の家政夫だなんて、お客様によからぬ詮索をされたくないの。静かにして下さいね」
蘭子はツンと唇を尖らせ、俺に視線を向けた。
静かにって、それは俺のセリフだよ。
毎晩毎晩、地下室に忍び込むのは蘭子だろ。
喉元まで突き上げたセリフをグッとのみ込む。菊さんが不在の間にトラブルを起こすほど、俺もバカじゃない。
平常心を保ち、蘭子に逆らわずそのまま朝食の準備を続ける。
三人は珈琲とフルーツジュース、新鮮なフルーツさえあれば文句はない。だが俺は、敢えて違うものを勧める。
「向日葵さん、今日はフルーツサンドを作りました。召し上がりますか?」
「……はい。いただきます」
向日葵は俯いたまま、小さな声で返事をした。俺の作った朝食を受け入れてくれた向日葵に、つい嬉しくなる。
「蘭子さんや、百合子さんも召し上がりますか?」
「結構よ。サンドイッチに新鮮なフルーツを挟むなんて邪道だわ」
せっかく上がっていたテンションが、蘭子のひとことで急降下だ。テンションが上がったり下がったり、まるでジェットコースターに乗ってるみたい。
高級フルーツと生クリームをふんだんに使用したフルーツサンド。一口くらい食べても、バチは当たらねぇだろう。
でも、贅沢は言ってられない。
まずは一人クリアだ。
相変わらず向日葵が声を立て笑う事はないけれど、俺と視線が重なると、向日葵は頬を赤く染めはにかんだ表情を見せる。
その表情はとてもピュアで可愛い。
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