26

「君島はいいヤツだよ。中卒だけど真面目だし。一途で優しいし男だ。結婚願望も強いし、温かい家庭に憧れている。アイツならお前を幸せにしてくれるんじゃね?」


「太陽……それ本気で言ってるの?」


「俺は最初に言ったはずだよ。俺は恋愛も結婚もしねぇって、麻里と俺の関係は何も変わらない。俺達はセフレだ」


「私達の間に……、ほんの少しでも愛はないの?」


「愛?ごめん。俺は誰も愛せない……」


「太陽……。私は太陽が好きだよ。最初はセフレでもよかった。でも太陽が好きだから、ずっとこの関係を続けてきたの……。太陽は口には出さないけれど、私と同じ気持ちだと思っていた」


 麻里は哀しそうな目で、俺を見つめた。


「愛なんて幻想に過ぎない。いずれ色褪せ消えてなくなる。俺は体が満たされればそれだけでいい」


「心は……欲しくないの?」


「心?人はみんな嘘をつく。心なんて目に見えないものは、信じねーよ」


 俺は天井に向けフゥーッと煙草の煙を吐く。ふわふわと漂う煙、行き場のない俺みたいだ。


「太陽の気持ちわかったよ。私が君島さんと付き合ってもいいんだね」


「好きにしろよ」


 麻里の幸せは邪魔しない。

 他の男と付き合いたいのなら、それも構わない。


 俺達の関係は、その時点で終止符を打つ。

 それだけだ。



 ーー深夜、俺は桜乃宮家に帰宅した。


 地下室に入ると、また布団がこんもりと膨らんでいた。ベッドに近付くと、蘭子が寝息をたてて眠っていた。


 コイツ……

 毎日酔い潰れなければいけないほど、今の地位に重圧を感じてるのか?


 ベッドに腰を下ろし、蘭子の長い髪を指でなぞる。


『たとえ蘭子姉さんと何か間違いがあったとしても、それは泥酔した上での、大人のお遊びだから勘違いしないでよね』百合子の言葉が脳裏を過る。


 大人のお遊びか……。

 俺が最も得意とするパターンだな。


 かといって、蘭子に毎晩地下室に来られても困るよな。


 俺だって男だし、理性が保てる間は踏ん張っていられるけど、箍が外れたら抱いちまうよ。


 気位が高くツンとすました蘭子をこの手で征服したいと、男なら誰もが野望を抱くだろう。


「しょうがねぇな」


 酔い潰れ爆睡している蘭子を背負い、二階の部屋まで連れて行く。


 深夜、屋敷は不気味なくらい静まり返っている。


 こんな広い屋敷に三姉妹と菊さんだけ。

 物騒にもほどがある。


 キングサイズのベッドに蘭子を寝かせ、俺は地下室に戻った。どんなに遅く帰っても、契約は契約だ。みんなを起こさないように、極力物音を立てず屋敷の掃除をこなす。


 掃除を終え自室でシャワーを浴びる。蘭子を背負った時についた香水の残り香と、体に染みついた麻里の匂いを洗い流す。


 ーー『心は……欲しくないの?』

 ふと、麻里の言葉が脳裏を過ぎる。


『私が君島さんと付き合ってもいいんだね』

 麻里の哀しい目を搔き消すように、シャワーの勢いを強める。


「俺には関係ねーよ」


 俺は誰かを幸せに出来るほど立派な男じゃない。

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