24
ーー仕事を終え、会社から徒歩数分の焼肉屋にみんなで向かった。
小さな店だが低価格で焼肉を楽しめるため、財布の中身が寂しいサラリーマンには人気の店だ。店内に入るとあちらこちらで宴会をしていた。
忘年会シーズン、みんな一年間の憂さを晴らすように、賑やかに酒を飲んでいた。
俺達は店内の奥にある座敷に通され、俺は麻里と並んで座る。テーブルには数種類の肉や野菜の盛り合わせが並び、ビールや酒が並ぶ。
「麻里ちゃん、こっちにおいでよ」
工場勤務の君島都士夜(きみじまとしや)が、麻里に声をかけた。
君島は二十三歳。一重の目は細く狐顔。小心者だが優しい男だ。
「私は木村さんの隣がいいの」
「そう……だよね」
麻里にあっさり断られた君島は、細い目をさらに細め苦笑いしている。
「君島のとこに行けば?」
俺は麻里に視線を向ける。
必要以上にベタベタくっついていると、俺達の関係が会社にバレてしまう。
「やだ。君島さんったら、最近やたらとデートしようって誘うの。だからヤダ」
「デート?あの君島が、お前に気があんの?」
「みたいだよ。太陽、どーする?」
あの大人しい君島が、麻里をデートに誘うなんてよほどのことだよな。その勇気はかうが、どう見ても麻里のタイプではなさそうだ。
麻里はグラスを掴み、自分でビールをつぎグイッと飲み干す。
勢い余って唇から零れたビールを、ゆっくりと舌で掬い俺を見つめた。男を誘う、計算された仕草だ。
忘年会はワイワイガヤガヤと盛り上がり、みんなが社長のくだらない話に爆笑している中、俺は誰かの視線を感じ振り向く。
その視線の先に、君島が座っていた。君島は俺と目が合うと、いつものように口角を少しだけ緩ませ愛想笑いをした。
君島は中卒でひだまり印刷会社に入社し、工場に配属された。赤ん坊の時に親に捨てられ、養護施設で育ち苦労したらしい。
仕事は真面目で、無遅刻、無欠勤。
俺のアパートにも、仲間と何度か遊びに来た事がある。
家庭の温もりを知らない君島は、結婚願望が強く早く家庭を持ちたいと恥ずかしそうに語っていた。
君島なら麻里を幸せにすることが出来るだろうな。だが、麻里は遊び人の俺を選んだ。どうやら男を見る目はなさそうだ。
焼肉屋でガッツリ肉を食い酒を飲んだ。まだ飲み足りないみんなは、二次会へ行こうと盛り上がっている。
歩いて数分の赤提灯の店。
外見は見窄らしいが、おでんと日本酒が旨いと評判の店。
焼き肉屋を出てみんなで店まで歩く。社長も社員もすでに千鳥足だ。俺と麻里はみんなの後ろをついて歩く。
「ねーねー。太陽、消えようよ」
「は?何言ってんの?今二人で消えたらバレバレだろう」
「い、イタタタ……」
店に到着し、赤提灯の前で麻里は突然大きな声を出しお腹を押さえ踞った。眉間にしわを寄せ、苦痛に顔を歪めている。
「麻里ちゃん、どうした?」
社長が心配そうに、麻里の背中を擦る。
「社長……すみません。急に腹痛が……。私、二次会はパスします」
「ああそうだな。無理しなくていいよ。一人で大丈夫か?誰かにマンションまで送らせよう」
「……大丈夫です」
そう言いながら、麻里は俺をチラチラ見上げる。
なんだ、そういうことか。
心配して損したよ。
「社長、俺が送りますよ。俺、焼肉屋で飲み過ぎたみたいで、今日はこれで失礼します」
「木村が?じゃあ頼むよ。二人共、また明日な」
「はい。おやすみなさい」
同期入社の立野(たつの)が俺をからかう。
「太陽、麻里ちゃん襲うなよ」
「ばーか、マンションまで送るだけだよ。明日な」
俺達はみんなと別れ、来た道を引き返す。
麻里は前屈みになり、まだ演技を続けている。
女という生き物は生まれながらに女優だ。
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