lesson 5
太陽side
23
『私……愛人の娘なの』
今にも泣き出しそうな、向日葵。
隣にいた向日葵の頭を『頑張れ』という意味を込め、ポンポンと優しく叩いた。
俺が泣いている時、母はよくこうして頭をポンポンと叩いてくれた。喧嘩に負けた時、かけっこで転けた時、いつも母は『大丈夫、大丈夫』と、頭をポンポンしながら俺を励ましてくれた。
子供にとって、心の支えである両親を亡くす悲しみは、俺も痛いほど身に染みている。
向日葵が笑わないのは、この家庭環境のせいなんだ。お嬢様なのに二人の姉に気を使い毎日掃除をしてるのも、きっと『愛人の子』だという負い目があるから。
自分の境遇と向日葵の境遇を重ね合わせ、向日葵に同情する。
◇
朝食の片付けを終え、俺は自分の弁当をナフキンで包む。向日葵はキッチンを丁寧に掃除してくれた。
「向日葵さん、手伝ってくれてありがとう」
「……いえ」
小さな子供みたいに頬を真っ赤にし、ペコッと頭を下げ、向日葵はパタパタとキッチンを飛び出した。
可愛いな。
思わず笑みが漏れる。
二人の姉が激辛の唐辛子なら、向日葵は甘いミルクキャンディーだな。
ーー地下室に戻りスーツに着替え、俺は玄関を出て自転車に跨がる。背後に人の気配を感じ嫌な予感がした。
「待ちなさいよ。ちょっとイケメンだからって、向日葵にちょっかい出さないでよね」
声のする方に振り向くと、百合子が腕組みをし立っている。俺に敵意剥き出しで、まるでリングに立つ悪役レスラーみたいだ。
「ちょっかいなんて出してねぇよ」
「どーなんだか。蘭子姉さんに向日葵……。二人に取り入ってもダメだからね。一ヶ月後、絶対出て行ってもらうんだから」
俺は百合子の言葉を無視し、ペダルをこぎ自転車を走らせる。
こんな殺伐とした屋敷、出て行きたいのは山々だ。外見がどんなに立派でも、中身はギスギスした姉妹の悪の温床じゃないか。
でも、出て行きたくても、出て行く金がねぇっつーの。
預金もない、現金もない、ここを追い出されたら行き着く場所は公園のベンチしかない。
◇
ーひだまり印刷会社ー
年末年始に向け仕事が立て込み、今日は休日出勤。
「麻里ちゃんおはよう。社長は?」
「おはようございます。社長は今工場よ」
麻里が俺に近付き、小さな声で耳打ちをした。耳たぶにふくよかな唇が触れ男の性を刺激する。
「ねーねー。今夜忘年会でしょう。そのあと私のマンションに来ない?」
「忘年会か……。いけね、忘れてた。会費いくらだっけ?」
「今回は親睦会の積み立てから出すから、会費はいらないよ」
「良かった……。セーフだな」
「ねぇ、太陽。そんなにお金ないの?」
「全然ねぇよ。貯金全部盗まれたし」
俺はデスクの椅子に座り、深い溜め息を吐く。金がないと、心も荒むな。
かと言って、サラ金で金を借りる気にはならないし。
「大変ね。給料日までお金貸そうか?私、ボーナス使う予定ないし。こう見えて、結構貯めてるのよ」
「いいのか?……いや、やっぱやめとく。女子に借金したくねーし。一月の給料まで我慢するよ」
「我慢はいいけど、生活出来るの?それに我慢は体に悪いのよ。ストレス溜まってるんじゃない?私も……溜まってるの。ねぇ今夜……泊まりに来て」
誘惑の眼差し、小悪魔的な笑みを浮かべ俺を見つめる麻里。桜乃宮姉妹にうんざりしていた俺は、麻里の誘いに堕ちた。
「そうだな」
久しぶりに麻里を抱くのも悪くない。
俺達はセフレだ、気ままにセックスを楽しむ。
桜乃宮家の掃除は深夜やればいい。
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