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 酒乱の蘭子姉さん。この家に執事や警備員をおかないのは……蘭子姉さんが泥酔すると豹変するから。


 お父様がいらした頃は、この屋敷にも執事やメイドがいたし警備員も常駐していた。蘭子姉さんがお酒に溺れることもなく、屋敷内も活気に溢れていた。


 でも……蘭子姉さんがみんなクビにした。

 お父様が亡くなり、蘭子姉さんは人間不信に陥った。

 古くから仕えた使用人も信じることが出来なくなった。


「空き巣にいくら盗まれたの?一千万?二千万?現金を金庫に入れてたの?」


 百合子姉さんが、木村さんに問う。


「二百万です。キャッシュカードで下ろされました」


「二百万?たったそれだけ?」


「俺にとって、二百万は大金ですから」


「ATMなら防犯カメラに犯人映ってるでしょう?本当に盗まれたの?」


 百合子姉さんは、まるで虚言ではないかと言いたげだ。


 木村さんは真面目な顔で百合子姉さんを見た。


 木村さんは嘘なんてつかない。

 それに、二百万は私にも大金だよ。


 お金の価値が麻痺しそうな桜乃宮家で、一般の金銭感覚を持つ木村さんがいてくれるだけで、私も普通の女の子に戻れそうな気がした。


 母と二人で暮らしていた、あの平凡な日々。生活は貧しくお金には不自由したが、そこにはお金では買えない母の愛情が沢山あった。


「木村さん、後片付けは私がやります」


「向日葵?何であなたが?後片付けは向日葵の仕事ではないわ」


「冬休みだし、今日は部活動もお休みだから。木村さんはお仕事でしょう。だから私が……」


「それは家政夫の仕事。向日葵はしなくていいの」


「……私が手伝いたいの」


「向日葵、あなたは桜乃宮家の後継者なのよ。家事をする必要はないの」


「蘭子姉さん、お願いします。私にさせて下さい」


「向日葵、いい加減にしなさい」


 叱咤する蘭子姉さんと百合子姉さんに、口答えした。二人に反抗したのは、この屋敷に来て初めてだった。


「蘭子さんいいじゃありませんか。向日葵さんに手伝っていただきましょう。家事も女性には重要なお仕事のひとつです。社会勉強になるでしょう」


 菊さんの一言で、蘭子姉さんは口を閉ざす。私は木村さんと一緒に、テーブルの上の食器やカップを片付けキッチンに入った。


「向日葵さんはもういいよ。あとは俺がやるから」


「木村さんこそ……。どうぞ……お仕事に行って下さい」


「まだ時間あるから大丈夫。じゃあ一緒にやろうか」


 木村さんとシンクの前に並び、お皿やカップを洗う。食洗機があるのに丁寧に手洗いする木村さんに、とても親近感がわく。


「じゃあ、あとは若い二人にお任せするわね」


 にこにこ笑いながら菊さんはキッチンを出て行く。私は木村さんと二人きりになった。


「向日葵さん、純粋な後継者ってどう言う意味?」


「……それは……そ……の」


「ごめん。話したくなければ別にいいんだ。使用人の俺が口を挟む話ではなかったね」


 木村さんは私に優しい笑みを向けた。


「私は……愛人の娘なの」


「愛人?」


「はい。お父様は正妻がいるのに私の母と……。私達三姉妹はそれぞれ母親が違うの……。それに……」


「それに?」


「いえ……何でもありません」


 私は唇をキュッと結ぶ。

 蘭子姉さんと百合子姉さんが、お父様とは血が繋がっていないということを、私がここで安易に話すことは出来ない。


「向日葵さん」


「……は、はい」


 振り向いた私の頭を、木村さんがポンポンと優しく叩いた。


「辛いのに、今までよく頑張ったね」


 その一言で……


 固く閉ざした心の鍵が外れ……


 涙がこぼれ落ちた。


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