22
酒乱の蘭子姉さん。この家に執事や警備員をおかないのは……蘭子姉さんが泥酔すると豹変するから。
お父様がいらした頃は、この屋敷にも執事やメイドがいたし警備員も常駐していた。蘭子姉さんがお酒に溺れることもなく、屋敷内も活気に溢れていた。
でも……蘭子姉さんがみんなクビにした。
お父様が亡くなり、蘭子姉さんは人間不信に陥った。
古くから仕えた使用人も信じることが出来なくなった。
「空き巣にいくら盗まれたの?一千万?二千万?現金を金庫に入れてたの?」
百合子姉さんが、木村さんに問う。
「二百万です。キャッシュカードで下ろされました」
「二百万?たったそれだけ?」
「俺にとって、二百万は大金ですから」
「ATMなら防犯カメラに犯人映ってるでしょう?本当に盗まれたの?」
百合子姉さんは、まるで虚言ではないかと言いたげだ。
木村さんは真面目な顔で百合子姉さんを見た。
木村さんは嘘なんてつかない。
それに、二百万は私にも大金だよ。
お金の価値が麻痺しそうな桜乃宮家で、一般の金銭感覚を持つ木村さんがいてくれるだけで、私も普通の女の子に戻れそうな気がした。
母と二人で暮らしていた、あの平凡な日々。生活は貧しくお金には不自由したが、そこにはお金では買えない母の愛情が沢山あった。
「木村さん、後片付けは私がやります」
「向日葵?何であなたが?後片付けは向日葵の仕事ではないわ」
「冬休みだし、今日は部活動もお休みだから。木村さんはお仕事でしょう。だから私が……」
「それは家政夫の仕事。向日葵はしなくていいの」
「……私が手伝いたいの」
「向日葵、あなたは桜乃宮家の後継者なのよ。家事をする必要はないの」
「蘭子姉さん、お願いします。私にさせて下さい」
「向日葵、いい加減にしなさい」
叱咤する蘭子姉さんと百合子姉さんに、口答えした。二人に反抗したのは、この屋敷に来て初めてだった。
「蘭子さんいいじゃありませんか。向日葵さんに手伝っていただきましょう。家事も女性には重要なお仕事のひとつです。社会勉強になるでしょう」
菊さんの一言で、蘭子姉さんは口を閉ざす。私は木村さんと一緒に、テーブルの上の食器やカップを片付けキッチンに入った。
「向日葵さんはもういいよ。あとは俺がやるから」
「木村さんこそ……。どうぞ……お仕事に行って下さい」
「まだ時間あるから大丈夫。じゃあ一緒にやろうか」
木村さんとシンクの前に並び、お皿やカップを洗う。食洗機があるのに丁寧に手洗いする木村さんに、とても親近感がわく。
「じゃあ、あとは若い二人にお任せするわね」
にこにこ笑いながら菊さんはキッチンを出て行く。私は木村さんと二人きりになった。
「向日葵さん、純粋な後継者ってどう言う意味?」
「……それは……そ……の」
「ごめん。話したくなければ別にいいんだ。使用人の俺が口を挟む話ではなかったね」
木村さんは私に優しい笑みを向けた。
「私は……愛人の娘なの」
「愛人?」
「はい。お父様は正妻がいるのに私の母と……。私達三姉妹はそれぞれ母親が違うの……。それに……」
「それに?」
「いえ……何でもありません」
私は唇をキュッと結ぶ。
蘭子姉さんと百合子姉さんが、お父様とは血が繋がっていないということを、私がここで安易に話すことは出来ない。
「向日葵さん」
「……は、はい」
振り向いた私の頭を、木村さんがポンポンと優しく叩いた。
「辛いのに、今までよく頑張ったね」
その一言で……
固く閉ざした心の鍵が外れ……
涙がこぼれ落ちた。
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