向日葵side

21

 木村さんの作る料理は、どれも家庭的で母の作る料理の味によく似ていた。


 一流シェフの作る計算された味とは異なり、どこか懐かしい家庭の味。空腹の胃だけではなく、空っぽの心が満たされていく。


 お父様が亡くなり、感情を無くした私。でも懐かしい料理を口にすると、自然と笑みが零れた。


 木村さんの優しい眼差し……。


 どこか懐かしい眼差し……。


 八歳も年上の木村さんに、お父様のような包容力と、温もりを感じた。


 蘭子姉さんや百合子姉さん同様、朝食は果物とフルーツジュースだけで済ませていた私。


 ダイエットをしていたわけではない。お父様を亡くし、精神的なダメージから軽い摂食障害を起こし、食事を一度に沢山食べれなくなっていた。


「ごちそうさまでした」


 でも……今朝は違う。


 ただ、黙ってフルーツジュースを胃袋に流し込むだけの朝食が、木村さんがこのお屋敷で働くようになり変化した。


 女性だけの暮らしに一人の男性が加わるだけで、緊張感が生まれ屋敷での生活にメリハリができた。


 心細く不安を感じていた毎日が、男性の存在で安心へと変わる。


 お父様がいらした頃の和やかな食卓を思い出し、食の細い私もフレンチトーストを美味しく完食することが出来た。


「向日葵さん、笑うと可愛いね。完食してくれてありがとう」


「……ぇっ」


 木村さんのさり気ない一言に、私の全身は火がついたみたいにカーッと熱を帯びる。


 鼓動がトクントクンと脈打ち、胸がキューッと締め付けられ息苦しい。


 どうしたの……。


 私……変だよ……。


「木村さん、向日葵をからかわないで。向日葵はまだ未成年なんだから、変な気を起こしたら即刻解雇します」


 蘭子姉さんの不機嫌な声で、スーッと全身の血が引く。火照っていた顔も、一気に青ざめた。


「そうだよ。純情な向日葵に手を出して、あわよくば逆玉狙ってるんでしょう。そうはさせないからね」


 百合子姉さんの言葉に、こちらが恥ずかしくなる。木村さんは高校生の私に興味なんてない。


 それなのに、そんな言い方するなんて、木村さんに失礼だよ。


「やだな。そんな事考えてませんよ。俺、兄弟いないから、妹がいたらこんな感じかなって思っただけです」


 妹……

 そうだよね。


 十七歳の私、二十五歳の木村さんには妹みたいな存在。


「木村さん、菊さんが今月分のお家賃を頂いてるみたいだから、一ヶ月は我慢するけど、一ヶ月過ぎたら出て行って下さる?」


「えっ?一ヶ月で?もう少しなんとかなりませんか?今、余裕なくて……、アパートも解約したし行くところもなくて……」


 木村さんは困ったように頭を掻いた。


「まぁまぁ、蘭子さんそんな冷たい事言わないで。木村さんも空き巣に入られて大変だったのよ。犯人が逮捕されるまで、暫くここにおいてあげましょう。それに木村さんのお料理は美味しいし、お掃除も完璧だわ」


「菊さん、男性の家政夫は困るのよ。家には年頃の妹が二人もいるんだから、何かあったら取り返しがつかないわ」


 菊さんはクスクス笑ってる。


「あら、大丈夫よ。木村さんはそんな人じゃないわ。蘭子さんじゃあるまいし、お酒で豹変したりしないもの」


 菊さんはやんわりと、蘭子姉さんに爆弾を放った。


「き、菊さん!変なこと言わないで。いつ私が豹変したというの?私は酔うと眠ってしまうだけです」


 いつも冷静で凛としている蘭子姉さんが、みんなの前で醜態を暴露され、目をつり上げて怒ってる。蘭子姉さんは泥酔した時の記憶はない。だから、自分がしていることは何も覚えていない。


「ふふ、ごめんなさい。つい……本当のことを」


 菊さんは容赦なく、二発目の爆弾を投下した。


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