18
感情を閉ざし、笑顔をなくしたお嬢様。このきらびやかな豪邸に暗い顔は似合わない。
「んーー!今日も一日、頑張ろう」
廊下で腕を伸ばし背伸びをする。『いざ、出陣!』気合を入れキッチンに向かった。キッチンカウンターには今朝届いたばかりの新鮮なフルーツが、籠一杯に盛られていた。
林檎、オレンジ、苺、バナナ、キウイ、グレープフルーツ。
グレープフルーツを掴み、鼻先に近づけ匂いを嗅ぐ。柑橘系の爽やかな香り、向日葵の朝食にはぴったりだ。
「これこれ」
グレープフルーツを半分に切り、スクイザーで絞り網を通す。大人向けならブランデーを少量加えるが、向日葵が飲用するため蜂蜜を小さじ一杯だけ加える。グラスに注ぎミントを入れ、完成したグレープフルーツジュースを見つめながら、亡き母の事を思い出していた。
母が好きだったグレープフルーツ。家族の食卓に並び、両親と一緒によく食べていた。グレープフルーツの果実をスプーンで口に放り込む。
「すっぱ……」
口の中に広がるグレープフルーツの甘ずっぱさ。母の笑顔が脳裏に浮かび懐かしさと寂しさが込み上げる。
朝食は不要だと昨日蘭子に言われたが、フレンチトーストとハムエッグだけ作る。これは俺と菊さんの朝食だ。それなら蘭子も文句はないだろう。
「木村さん、おはようございます。いい匂いね」
キッチンのドアが開き、白いエプロン姿の菊さん。菊さんの和やかな笑顔を見るとホッとする。
「菊さん、おはようございます。菊さんもフレンチトースト食べますか?」
「フレンチトースト?美味しそうね。もちろん頂くわ。冷蔵庫の食材で木村さんのお弁当も作っていいわよ」
「本当ですか?助かります。俺……、今、金がなくて」
「まだ空き巣の犯人捕まらないの?」
「はい、まだ逮捕されなくて、手がかりすらなくて。困ってるんです」
「とんだ災難だったわね。木村さんはご家族いないの?」
菊さんはグレープフルーツジュースを試飲し、歓喜の声を上げた。
「Buono!これ、さっぱりして美味しいわね。ミントだなんてお洒落」
家政婦なのにイタリア語が話せるのか?
さすがセレブなお屋敷の家政婦だ。海外のお客様を迎えるために語学も堪能なんだな。
俺なんて、日本語も怪しいよ。
「十二歳の時に交通事故で両親を亡くしました」
「十二歳……。そう、寂しい思いをしたのね。お嬢様達と一緒ね……」
「一緒にしないでください。全然違いますよ。お嬢様達はご両親がいなくても、ご両親が残した莫大な遺産で、贅沢な暮らしをしてるじゃないですか。学校にリムジンで登下校するなんて、庶民には無縁ですよ。普通の学生は徒歩、自転車、電車と決まってるんだから」
「贅沢な暮らし……確かにそうね。でも、どんなにお金があっても満たされないものはあるのよ」
「お金で満たされないもの?そんなものはありませんよ。金さえあれば、何でも手に入る。幸せだって金で買えるんです」
「木村さんは幸せがお金で買えると?本当にそう思ってるの?」
菊さんは小さな目を見開き、驚いたように俺を見つめた。
「はい。そう思ってます。菊さんもこの家の使用人でしょう。このお屋敷のお嬢様達は少しおかしいですよね。三人とも財閥令嬢の品格や気品を全く感じられない。よくあれで令嬢が務まりますよね」
菊さんは俺の発言に、声を上げて笑う。
「ふふふ、確かに木村さんのご指摘通り、お嬢様方は財閥令嬢の品格に欠けるわね。でも仕方がないのよ。生まれた時から令嬢としての厳しい教育は受けてないし、創士さんから『財閥令嬢ではなく、普通の女の子でいなさい』と、常々言われたいたのだから」
「どうしてですか?桜乃宮財閥の令嬢なのに、普通の女の子でいろだなんて、そんなこと所詮無理な話でしょう。本人がそのつもりでも、周囲はそう思わないですよ。それなら、財閥令嬢として恥ずかしくない教育をするべきだったのでは?あの三人が桜乃宮財閥の令嬢だなんて、桜乃宮ブランドに傷がつきますよ」
「まあ、随分手厳しいこと。でもご両親亡き今、確かにそれも重要なことだったのかも知れないわね。でも、創士さんはそうは思わなかったの。生まれた時から桜乃宮財閥の御曹司として育てられた創士さんは、どこにお出掛けするにも常に教育係や執事がお供し、普通のご家庭のご子息のように自由もなく窮屈な暮らしを強いられたの。だからこそ三人のお嬢様には自由にのびのびと生きて欲しいと願われた。人に後ろ指をさされたとしても、三人のお嬢様は創士さんの娘に代わりないもの」
『人に後ろ指をさされたとしても、三人のお嬢様は創士さんの娘に代わりない』だなんて、妙に引っ掛かるいい方だな。三人は俺みたいな庶民とは立場が異なる。親なら、娘が他人から後ろ指をさされないように最上級の教育をするべきだ。
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