13

 その時、俺の脳裏で悪魔が囁く。


『親の財力で何不自由なく、のうのうと暮らしている三姉妹。生意気な蘭子と百合子をギャフンと言わせろよ』


 もしも……この俺が……

 三姉妹の誰かと男女の関係になったら、俺は……この貧乏から抜け出せるかも知れない。


『女を落とすのは、容易い事』


 ……でも、相手があの三人なら、かなり強敵だな。


『強敵だからこそ、遣り甲斐があるだろう』


 上手くいけば、俺は平成のシンデレラボーイ?


 結婚なんて興味のない俺が、心に宿る悪魔に唆され桜乃宮財閥に目が眩み悪事を考える。

 まるで、結婚詐欺師にでもなった気分だ。


 ◇


「太陽、新規契約二件獲得、よくやった。明日もこの調子で頼むぞ」


「はい。お先に失礼します」


 一日の仕事を終え、社長に挨拶し退社する。小さな町工場にとって、新たな顧客は会社の経営をも左右する。


 事務所を出るとほぼ同時に、麻里も事務所を飛び出し俺に走り寄った。


「この不景気な時代に一日二件獲得だなんて、しかも二社とも大手スーパーだよね。特売のチラシ印刷を一手に引き受けるなんて、当社の収益大幅にアップ。特別手当てゲットだね。流石太陽だなぁ。ねぇ今夜二人で飲まない?うちにおいでよ」


「運が良かっただけだよ。ごめん、俺、急いで帰らないといけないんだ」


「……そう。つまんないの」


 今日は初日だ。麻里を抱きたいが寄り道をするわけにはいかない。

 豪邸の掃除が待っているからな。


「お疲れ。麻里、またな」


 麻里の誘いを断り、俺は真っ直ぐお屋敷に戻る。家賃は光熱費食費込み激安価格一万円、その代わり、屋敷にいる間、俺は家政夫だ。


 朝食でお嬢様達の機嫌を損ねた俺は、掃除くらい完璧にし家政夫として認めてもらわなければ。即行クビなったら、金のない俺はホームレスになるしかない。真冬にホームレスだなんて凍死確実だからな。


 寒空の中、駅から自転車をこぎ屋敷に戻る。勝手口から入り地下室に降りると、俺のベッドがこんもりと膨らんでいる……。

 明らかに俺以外の誰かが、布団に潜り込んでいる。


「な、なんだ!?誰だよ!?」


 バンッと掛け布団を捲ると……。


「いゃん」


 鼻にかかった甘い声。俺はその正体を目の当たりにし仰天する。

 ベッドの中で猫みたいに膝を抱え丸くなっていたのは、昨日のキス魔。


 ……酒乱の、ら……蘭子!?


「おかえりなさぁーい、にゃん」


 蘭子は招き猫みたいに両手を胸の前で揺らす。頭にはとんがり帽子ではなく、黒い猫耳だ。


 コイツ……また酔っ払ってますよね?


「あのぉ……。あなたは蘭子さんですよね?」


「はいっ、わたしはにゃん子ですっ!黒猫だにゃん」


 やっぱり蘭子だ!?ていうか、サンタの次は黒猫かよ。

 あのツンとすました女と同一人物とは思えない。まさか、双子ってことはないよな。


「あの……にゃん子さん、ここ、俺の部屋なんですけど……」


「うふん。知ってる知ってるぅー。早くここに来てくらさいっ」


 蘭子は妖艶な笑みを浮かべ、右手でぽんぽんとベッドを叩く。


 蘭子って、毎晩泥酔するくらい飲むのかよ?

 ヤバいくらいの酒乱じゃね?


 完全に人格は崩壊してる。


「は、や、く、来て来てぇ。んふっ」


「ムリムリ、俺は今からお屋敷の掃除ですから。それが家政夫の条件ですから」


「条件?なんだそれぇ?これはにゃん子命令ですっ!ねぇ、しよう」


「は?」


 蘭子は唇を尖らせ目を閉じた。自分で自分のブラウスのボタンを一つずつ外していく。黒いブラからはみ出しそうな、豊かな胸の膨らみが露わになる。


『太陽、これはチャンスだぜ。この女は桜乃宮財閥の後継者だ。目指せ逆玉、シンデレラボーイ』


 脳内で悪魔が囁く。


 三姉妹の誰かと恋人になれば、俺は億万長者だ。


『いつものようにさっさと抱けよ。女から誘ってるんだ、お前に拒否権はない』


 上着を床に投げ捨て、俺はベッドにダイブする。


 屋敷の掃除よりも、蘭子を落とす方が先だ。


 蘭子に抱きつかれ唇を奪われる。

 蘭子はすぐに甘い吐息を漏らし、俺の背中に指を這わせた。


 呼吸が苦しくなるくらい強く抱きしめられ、俺はベッドに押し倒された。冷たい顔の下に隠されている蘭子の性が、こんなにも肉食獣だったとは。


「蘭子さん、ちょ、ちょっとストップ」


 あまりにも激しいディープキスに、さすがの俺も一瞬怯む。


「んふっ、女は急に止まれにぁーい」


 ていうか……、俺はこういうキャラの女は苦手だ。

 今までこんな女、抱いたことがない。

 いや、蘭子は俺に抱かれるのではなく、俺を抱く気だ。


 でも、蘭子と寝れば俺は億万長者だよ。

 宝くじに当たるより容易いこと。


 もともと男女の営みに愛情なんて必要ないのだから。


「……っは」


 蘭子に唇を塞がれる。

 俺は使用人、これはご主人様命令。

 すなわち、拒否権はない。


 もう……こうなったらヤるしかないな。












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