太陽side

12

 ーひだまり印刷会社ー


「うわぁ!太陽すごい!どうしたの、このお弁当!」


 昼時間になり、俺は菊さんから貰った重箱を食堂のテーブルの上に広げる。朝食の残り物を詰めたものだが、俺達にはご馳走だ。


 従業員わずか二十人ほどの印刷会社。朗らかな社長と、印刷工場内作業員が十七人。事務職の女の子が一人と、営業と印刷物のデザイン担当が俺。


 極小企業だけど、俺みたいな恵まれない環境で育った者や、中卒者や高卒者を受け入れてくれる人情味溢れる会社だ。


『仕事は学歴で評価しない』それが社長の口癖。社長は俺達従業員にとって父親みたいな存在だが、人を動かすのは、人情よりも金だと俺は思っている。


「うまそー、太陽、俺達も食っていいか?」


「社長も皆さんもドーゾドーゾ」


 豪華な弁当に腹を減らした従業員が群がる。


「しかし、すげぇな。金にシビアなお前がどうした?宝くじにでも当たったのか?それとも競馬?競輪?」


「あはは、俺はギャンブルはしねーよ。ラッキーではなくアンラッキー、空き巣に大当たりだよ。クリスマスイブに預金盗まれた」


「「えーー!!」」


 その場にいた者が、驚きの声を上げる。


「まじかよ!?あんなにチマチマ節約してたのに?」


「ああ、口座預金残高三十円だよ。情けねぇよな」


「だったらさ、なんでこんなゴージャス弁当なんだよ?貢いでくれる女でも見つけたのか?」


「そんなんじゃねーよ。新しい住み込み先で貰ったんだよ」


「住み込み?太陽引っ越したの?何処かに間借りしてるの?会社の住所録修正するからあとで教えて」


 事務員の可愛麻里かあいまりが大きな瞳を俺に向けた。


「住所か……。住まいが安定するまで待ってよ。まだどうなるかわかんねーし」


「ダメよ。事務手続きに現住所は必要なの。一体何処に転がり込んでるの?」


 二人でお茶を入れていると、麻里が耳元に唇を寄せ、周囲に聞こえないような小声で、俺に耳打ちをした。


「女のところに転がり込むなら、私のところに来れば良かったのに」


 麻里は俺に妖艶な笑みを浮かべた。

 二十歳になったばかりの麻里。高校を卒業し入社した。


 この会社に若い女性は麻里一人。工場勤務は全員男性だ。


 麻里と俺は事務所内で仕事をしている。必然的に他の従業員よりは麻里と接することが多く、麻里と俺が親密になるのにそう時間はかからなかった。


 麻里は俺よりも五歳年下で明朗活発。元気がよく溌剌はつらつとしている。ギスギスしたお嬢様達とは異なり、体つきも少しふくよかで健康体そのもの。


 顔立ちも美人というよりは、愛嬌がある。

 二重の大きな瞳に形のいい唇。麻里はこの会社のアイドル的存在。麻里を狙っている従業員も少なくはない。


 その麻里が、同意の上で俺のセフレになったのは、入社してわずか一ヶ月後のことだった。


 俺達は現在も体の関係が続いているが、二年近く経ってもその関係性に変わりはない。即ち、セックスはするが恋人ではない。


 俺はこれまで何人もの女を抱いたが、今まで恋愛や結婚の対象として付き合ったことはない。


 両親が死に、わかったんだ。

 親戚に冷たくされ、わかったんだ。


 親戚は親から相続した僅かな金品が欲しかっただけで、それを手に入れれば俺はただの厄介者に過ぎなかった。


 口先だけの『愛』なんて幻想だ。この世に愛は存在しないと、あの時俺は身をもって悟った。


 俺は親戚を頼らず、バイトをしながら定時制高校を卒業した。この会社に就職し人情に触れることもあったが、頼れる物は人ではなく金だと今も信じている。


 人は俺を裏切るけど、金は俺を裏切らない。

 女の体は俺を一瞬だけ包み込み、欲望を満たしてくれるが、そのぬくもりは長くは続かない。


 結婚して子供を授かったとしても、それが幸せとは限らない。俺みたいに不幸な人生を送る場合もある。

 だったら、初めから不幸な子供は産まない方がいい。


 俺は『愛』なんて信じない。

 俺は『愛』なんていらない。


 生きていくのに、必要なのは『金』だけだよ。


 それが証拠にあの三姉妹がいい例だ。

 桜乃宮財閥という地位と財力に胡座をかいて育った、あの三姉妹がそれを立証している。

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