玄関フロアの中央には広い階段、壁には高価な絵画や目を見張るような装飾品。まるで宮殿だな。玄関フロアだけで、シャンデリアがいくつあるんだよ。


 まざまざと財力を見せつけられ、自分がちっぽけな人間だと烙印を押された気分だ。


「さぁさぁ、こちらへ。今、お嬢様達は誰もいないの。でも住み込みの家政夫は、私が採用する権限を貰ってるから。私が面接するわね。取り敢えず、ついてきて」


「はい。宜しくお願いします!」


 偶然持っていた履歴書を差し出し、俺は長い廊下を歩き一階の一番端に位置する地下室へと案内された。


 地下室といっても、ちゃんと採光は入る設計になっていて、地上に位置する高窓から明るい太陽の光が射し込んでいた。


 部屋の広さは約十畳の洋間。ダークブラウンの落ち着いたフローリング。壁面には作り付けの本棚とクローゼットがあり、ベッドやテレビも置かれている。


「住み込みのお部屋はここになるの。家具付きだから、荷物は衣類以外持ち込み禁止。その扉を開けるとミニキッチン、シャワールーム、トイレも完備してるわ。木村さんはお仕事されてるの?」


「はい」


「そう、朝、早く起きれる?私は低血圧のせいか、朝が弱くて。おまけにこの歳だから、お屋敷のお掃除も辛くてね」


「俺、朝は強いので、大丈夫です!」


「男の方にお料理出来るかしら?朝食だけでいいのだけれど……。お嬢様たちは昼食は外出先で召し上がるし、夕食はホテルのシェフが用意するから不要よ」


「朝食程度なら任せて下さい。俺、料理得意ですから。十二歳で両親が亡くなり、自分の事は自分でしてきましたから」


 そうだよ。俺を引き取った親戚は、俺に食事なんて用意してくれなかった。


 俺はいつも一人分の食事を作り、キッチンの隅で隠れるように食べていたんだ。


「そう、苦労したのね。日中はお嬢様達も不在だから、家政夫といってもお掃除だけしてくれたらいいのよ。お洗濯はクリーニングに全て出すからしなくて結構よ。それ以外はあなたの自由時間。格安家賃で食事付き、給料は時給ではなく月給をお支払いするわ。豪邸暮らしを堪能してちょうだい」


「はい。わかりました」


 一日数時間で、時給ではなく月給をくれるなんて。なんてラッキーなんだ。


「当方の雇用条件としては……すぐに逃げ出さない事」


「逃げ出す……ですか?ていうか、こんな豪邸なのに、家政婦は菊さんだけですか?他のメイドさんは?」


「家政婦……えぇ…そうね。ここにいるのは私だけよ。何人雇用してもみんな一週間くらいで逃げ出すの。最短は二日だったわ」


 最短二日!?


「お嬢様達もお父様が二年前に亡くなり、寂しい思いをされているの。二十五歳になられた長女の蘭子らんこさんがこの桜乃宮財閥(桜乃宮企業グループ)の創業家の後継として、頑張っていらっしゃるのよ。三人共才女でそれはそれは美しいお嬢様達よ」


 長女が二十五歳って、俺とタメだよな。

 なのに、桜乃宮財閥を背負ってるのか。


「次女の百合子ゆりこお嬢様は大学生。名門白薔薇女子大学に在籍中なの。成人になられ将来がとても楽しみだわ」


 白薔薇女子大学は超セレブなお嬢様大学だ。日本のみならず、海外からもセレブが集結し、財閥令嬢や社長令嬢、政財界の令嬢も多数在籍していると聞いたこともある。


三女向日葵ひまわりお嬢様は、白薔薇女子高等学校に在籍中で二年生なの。繊細でデリケート、無口で大人しいお嬢様だからあまり刺激しないでね」


「はい」


 繊細でデリケート、無口で大人しいか……

 それなら楽勝かも。


 引き続き屋敷の中を案内され、各部屋を見て回る。


 お嬢様達の部屋は、全てバストイレ付き。

 まるで一流ホテルのスイートルーム。


 住人は三姉妹だけなのに、部屋数は数えきれないほどありゲストルームも多く、どの部屋も広くてゴージャス。


 王室のプリンセス、童話のお姫様。

 思い描くのは、煌びやかなドレスに身を包み、美しい笑みを浮かべる上品なお嬢様達。


 ていうか……


 こんな好条件なのに、何でみんな逃げ出すんだ?

 意味がわからない。


 まさか、ここはいわく付きの屋敷とか?


 夜な夜な怪奇現象が起きたり、ゴーストが棲んでいるとか……。


 まさかな。

 あはは、現代の日本でそれはナイナイ。


「じゃあ、すぐに来ていただけるかしら?」


「勿論です。採用して下さりありがとうございます」


 俺はめでたく採用となり、その日の内にアパートの荷物を処分し、僅かな衣類を詰めたボストンバッグを両手に持ち、この屋敷に引っ越した。


 家賃として、なけなしの一万円を菊さんに支払い。財布の残高はわずか五千円。学生の小遣いにも劣る金額で、来月の給料日まで食いつなぐ。


 でもこの待遇なら、食事もついているし、なんとか生きていけそうだ。


 そう安易に考えていた俺……。


 だが、この屋敷に住んでいたのは、ゴーストよりも怖い……


 桜乃宮、三姉妹だった!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る