ークリスマスの夜ー


 三人のお嬢様達は桜乃宮グループのクリスマスパーティーに出席されているらしく、ご挨拶も家政夫としての初仕事も、明日の朝、行うことになった。


 隣室の声が聞こえるボロアパートとは異なり、屋敷の地下室はとても静かで居心地がいい。

 センスのいい家具もグレードの高い家電も完備。


 ていうか……どう見ても輸入家具だよな。とても使用人の部屋とは思えない。

 俺までセレブになった気分だ。


 一人きりのクリスマス。

 引っ越し祝いにと、コンビニで購入した缶ビールで聖夜に乾杯。

 このご縁はクリスマスの奇跡、夢を叶えるサンタのお陰だ。


 気分上々、美しいお嬢様を想像し美味しい酒も進む。


 ほろ酔い気分のままシャワーを浴び、初仕事に備え早々にベッドに潜り込む。


 空き巣に入られ、行きついた先が大豪邸。


 捨てる神あれば拾う神あり。

 ようやく俺にも、幸運が巡ってきたようだ。


 ◇


 深夜、爆発音のような大きな物音がし、地下室のドアが開いた。と、同時にパンパンと銃撃戦のような音がした。


 ドンッドンッドンッ……


 地下室に続く階段を、踏み鳴らして降りてくる不気味な足音。


 地震?雷?ガス爆発?テロリスト?

 やはり……この屋敷にはゴーストが……!?


 俺は飛び起き、暗闇に蠢く物体に目を凝らす。天窓から入る微かな明かりが、徐々に近付く物体の正体を照らす。


 頭にはセンスの悪いパーティーグッズのとんがり帽子、目には仮面舞踏会に貴婦人が使用するような白い仮面、闇夜に浮かぶ赤い口紅。妖艶なボディには胸元が大きく開いたドレス、手にはクラッカー。


「はぁーい!あははー!メリーメリークリスマス!ていうかぁ、あなたが新しい家政婦さん?家政婦なのに、ヒック、男って本当?」


 ーーな、な、なんなんだ!?


 この、下品な女は!?


 バンッと掛布団を剥ぎ取られ、トランクスだけで就寝していた俺は、驚きのあまり膝を抱え大切なモノを防御し侵入者を見上げた。


「うおっ、なかなかイケメンじゃん。いやーん、男じゃん、オトコ!ようこそ、ヒック、わたしが……あなたのサンタさんです。今夜は好きにしていいのよ。なんちゃって」


 ーーへっ!?

 ベロベロに泥酔してる下品な女が……サンタ!?


「あの……本当にサンタですか?」


「んふんふんふ。メリークリスマチュー。わたしは一夜限りのぉ、あなただけのサンタさんだよぉ。シよっか」


 まじで?


 俺、悪酔いした女は嫌いだけど。

 純粋にオンナは大好き。しかも相手はサンタらしい。


 さっき『シよっか』って誘ったよな?

 サンタが自分のカラダをプレゼント?

 抱いても……いいのか?


 サンタが抱けるなんて、サイコーのクリスマスだよ。


 戸惑ってる俺に、女はブチューッと濃厚なキスをした。プンと鼻をつくアルコールの匂い。サンタの舌は口内で妖しく蠢く。


「……っ、……っ、サンタさん。待てよ待て待て……」


 女は俺にキスをしながら、自分で背中のファスナーを下ろしドレスのストラップに指を引っかけ、スルリと肩から落とす。


 夜の闇に浮かぶ白い胸、ふくよかな胸の谷間が顔面に接近する。


 これは……夢なのか?夢だよな?

 夢ならば、何をしても罪にはならない。

 しかも、誘ったのは女の方だ。


 目の前に迫り来る豊満なバストに、俺は次第に理性を失い、つぃ……その気に……。


 女の背中に両手を回しブラのホックに指先を伸ばした時、再びバンッて大きな音が響き地下室のドアが開いた。


 次は……何だ!?

 ドアに立つシルエットは両足を広げ腕を組み、明らかに仁王立ちをしている。


 サンタの次は、地獄の閻魔大王か!?

 クリスマスの夜だというのに、随分破天荒な夢だ。


 得体の知れないモノの殺気に、思わずベッドから逃げ出そうとするが、女が体に縺れつき塞がれた唇はチューインガムのように離れない。


 やっとの思いで、唇に吸い付いた女を引き離した途端……。


「とりゃあー!!」


 その人物はハイヒールを脱ぎ捨て階段からジャンプし、俺の顔面に跳び蹴りを食らわせた。


 俺の顔面は女の足で大きく歪み、鼻血が吹き出す。


 抱き着いていた女は下着姿のままフローリングの床に転がり、大の字で爆睡している。


 室内は暗く、侵入者の顔ははっきり見えないが、ゴーストでも地獄の閻魔大王でもなく、生体反応があるこの世のモノらしい。


「まったく、油断も隙もない。新しい家政婦が男だって聞いて、嫌な予感がしたんだ!この、エロ家政夫!初日に手を出すなんて、サイテー」


 ーーいやいや、俺は逆に手を出された訳で……。


 床で爆睡しているのは自称サンタで、抱き枕みたいなもんで……。『シよっか』って誘ったのは、とんがり帽子を被った女サンタだ。


「今度ヤったら、クビだからなっ!」


 女なんだか、男なんだか、区別がつかないくらいドスの効いた声。微かに漂う香水が、この暴君が女であることを主張している。


 暴力女は爆睡中の女を背負い、俺の部屋を出て行った。


 ーーていうか……

 あれは、ナンナンダ!?


 異世界に迷い込み謎の生物に出くわし、心臓をむしり取られた亡骸のように、俺はベッドの上で茫然自失に陥る。


 だが……待てよ?

 この屋敷に、使用人は菊さんと俺だけのはず。


 やっぱり……これは悪夢だよ……。

 でも、夢にしたら随分リアルだな。


 俺はポタリポタリと落ちる生温かいものを右手で拭う。


「うわ、わ、血じゃん!」


 真新しいシーツの上に飛び散る自分の鼻血に、一気に現実世界に引き戻される。


 照明を点けるとフローリングには女の残骸。女が装着していた白い仮面と、スパンコールが散りばめられたきらびやかなゴールドのパーティドレス!?


 と、いう事は……


 あ、れ、が……桜乃宮家のお嬢様!?














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