03-4

 家に帰って、まずすることは家の中に人がいないことの確認と、親の勤務時間の確認。それによると、今日は両親共に遅い。父親はあまり関係ないのだが、母親が遅いのは重要だ。

 そして、足早に部屋に帰ると、たまっていたるみなのプリントされているシャツやトレーナーを抱えて降りる。そして、洗濯機の中に納める。消臭剤と柔軟剤をかねているやつと液体洗剤をそれぞれの場所に注入していく。

 液体洗剤は最近出たばかりのすすぎの回数が少なくなるというやつだ。嘉寿が自ら洗濯することを知っている母親は、意見を取り入れてそれに易々としてくれた。

 そうしたら、後はスイッチオンにしてすすぎの時間などを短くし、一分でも早く洗濯が終わるように細心の注意を払う。ラスボスが降臨したら、次は勝てないかも知れないのだ。

 自覚なんてないのだろうが、勇者のレベルアップに比例して、ラスボスも確実に強くなってきている。これでは、レベルアップの意味がない。理不尽なのはこれで、勇者がレベル上げをやめてもラスボスの強さは上がり続けるということだ。

 だけど、そんなことに負けてはいられない。愛とは常に試されるものなのだ。

 とりあえず、洗濯機の前にいても早く終わったりしないので、部屋に戻ることにした。そして、学生服を脱ぎ、消臭剤をスプレーする。

 とりあえず、親の買ってくれた部屋着に着替えて次の行動の選択をする。

「さて、なにするかな?」

 ふと思いついて、パソコンを立ち上げた。パソコンは、いつもと同じ挙動で動作すると、いつも通りにOSを立ち上げ、るみなのセリフを再生する。

 ファインディアにアクセスすると、やはりメッセージが届いていた。それには、フレンド登録をしてもらえないかというものだった。初めてのフレンド登録なので、こんな気軽にするものなのかいまいち感覚がつかめずにいたが、でも、この前抱いた気持ちの正体を知るには良い機会かも知れない。自分以外のるみな好きを見ておくのも必要だろうし。そんな、言い訳をしながら了承のボタンを押した。これで、マイフレンドは(2)と表示され、ゆんゆん@マイワイフさんと、コーイチさんと表示されいる。

 そして、そこで満足しないように気をつけて次にプロフィールの作成に取りかかった。前は非公開にしたまんまで触っていなかったが、具体的に書き込む。出身地、美作市、マイフレンドまで公開。現住所、美作市、マイフレンドまで公開。血液型、誕生日、年齢、とにかくマイフレンドまで公開にできるものは全部そうした。

 趣味と、所属と本文はできないようなので、無難なことを書くことにした。こういうところは。誰の目についているかわからないので、万が一知り合いに見られても特定されないようにすることだけ気をつけた。

 趣味は、読書、マンガ、ゲーム、スポーツ観戦、テレビなどを適当に記入。所属は触らず。自己紹介欄には、るみなのことが好きなことをアピールしすぎないように記入した。こうして見ると、実は無趣味なのではないかと思えるほど、るみなに傾倒していた。その事実が浮き彫りになったところでなにが変わるわけでもなかった。

 ただ、趣味:嫁はひどいかなと思った。だけど、人生そのものみたいでいいかも知れないと一周して思う。ちょっと、悩んで、この場で自分が無趣味でも特に困らないのでどっちでも良いという結論に達した。

 これで、ゆんゆん@マイワイフとコーイチさんには、いろいろばれただろう。そして、こちらもまたコーイチの詳細がわかるようになった。コーイチさんはもう三十になろうかという会社員で、地元が同じ美作市だった。

 それだけを見ると、ログアウトした。時計を見ると、まだ三十分は洗濯にかかる。次は、裕哉のノートを写す作業をはじめた、数学と化学である。混乱したといっても過言ではないノートを展開して、書き上げる。数字と数学記号はまだしも、化学のアルファベットと日本語の文字が混じったノートはかなりきつい。

 無知で立ち向かおうと思っても無理だろう。しかし、嘉寿には、長い幼なじみとしてのアドバンテージと予習によるある程度の推測が可能となっており、それらを駆使すれば読み解くことは十分可能だ。

 実際問題きついのかも知れないが、嘉寿にとってはそれすらも乗り越えなくてはいけない事情がある。夏休みのバイトの件だ。どんな些細なことでも勉強して成績を確保しなくてはいけない。

 そんな、嫁への愛とやりたいことのため、努力を惜しまないのだ。当然のことだと嘉寿は思っている。

 そんな感じで裕哉のノートと悪戦苦闘していると、三十分はあっという間に過ぎた。パソコンにしかけたタイマーで気付く。もちろんお知らせ声はるみなの声だ。

「あぶねー」

 もう少しで母親の帰宅予定時間だ。慌てて、袋を持って下へと降りていく。乾燥機付きの洗濯機なのでふっくらと仕上がっていることだろう。

 階段の一番下まで降りた瞬間に玄関に鍵が刺さる音がした。やばい、母親が帰ってきたのだ。よりにもよってこのタイミングで。

 ここで用意された選択肢は二択。現在玄関の前にいるので、このまま母親を出迎える。そして、洗濯機に近づけないようにうまくリードしていく。もう一つは全力で洗濯機のところまで行き、とにかく袋に詰める。

 鍵は二つ。考えている時間はない。

 嘉寿は、ここで最初の案を採用した。ここで、後者を選択しているようでは今までの戦いを生き残れなかったはずだ。

 二重の鍵を開けて母親が家に入ってくる。嘉寿は、玄関の灯りをつけて迎え入れた。

「おかえり」

 にこやかな表情で、迎えた。

「ただいま。どうしたの出迎えてくれるなんて」

「いや、たまたま降りてきたら鍵が開く音がしたから」

「あらそうなの? ごめんねえ、遅くなって。急いでお夕飯の準備するから」

 そこで台所へ向かうなら、ラスボスたり得ない。嘉寿の手に持った袋をめざとく見咎める。

「またお洗濯? 助かるわ。お姉ちゃんも少し見習って欲しいわ」

「うん、そうだね。でも、さすがに一人暮らししてるからもう出来るようになってるんじゃないかな?」

「そうだといいけど」

 いつものパターンだと、このまま台所へ行ってエプロンを着用し、料理を始める。だが、今日はイレギュラーな動きをした。なにを思ったか、まず脱衣所へと向かったのだ。洗濯場の隣だ。

 まずい。嘉寿は自分のうかつさを呪った。遅くなる理由は、ミーティングに参加するからで、それなりにフォーマルなかっこうをするのだ。だから、そのままのかっこうで料理をすることは考えられない。

 そうなると、行き先は、二階の自室か脱衣所だ。急いで準備するという言葉通りなら、脱衣所を選択するだろう。

 嘉寿の家の洗濯機は斜めドラムの良いやつで、蓋から中身が透けて見える。そして、今蓋にはるみなが張り付いていた。

 嘉寿は頭をフル回転させる。洗濯機の中を見られたらアウトだ。

 いくつか候補を挙げる。

 部屋に行くように言う。理由がないし、不自然だ。

 ある一定のリスクを背負うが、先に割り込んで袋に詰め込む。だが、これも不自然だ。

 いっそ、台所で牛乳をこぼして、雑巾を取りに来たことにして、母親の目を牛乳に向けさせあわよくば、片付けさせてその間に取り込む。だが、今から台所にいって牛乳をこぼしている時間はなさそうだ。

 母親の携帯電話に非通知でかけて、その間に……。ダメだ、今の母親は携帯電話を持っており、嘉寿の方が持っていない。

 どうする?

 そこで舞い降りた神のごとくの策。嘉寿は、足を後へ振り上げると柱の角目がけて蹴りつけた。

「痛い!」

 上手い具合に小指をぶつけられれば良かったのだが、狙ってやっているので外れて薬指までいった。だが、おかげで痛いという言葉は素直に出てきたし、結構痛そうな音もした。

 母親が振り向き「大丈夫?」と少し慌てたふうに言った。

「ごめん。爪割れたかも。爪切り持ってきてもらえないかな?」

 嘉寿はそう言って母親の意識を洗濯機から外した。母親は慌てて、居間へ爪切りを取りに行く。その隙に、嘉寿は手に持っていた袋を、洗濯機の蓋の内側を覆うように入れた。

 そして、何事もなかったように爪切りを受け取る。その後、靴下を脱いだら、本当に爪が割れてて、もう少しで流血事件になるところだった。だけど、嫁のことがばれなかったのだ、これくらいのこたいしたことない。痛かったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る