03-3
放課後。嘉寿は、斜陽の差し込むトイレの鏡の前で一人安堵のため息を吐いていた。状態はそれほど悪いものじゃない。朝も昼も放課後も今まで通りに過ごせたと思う。オタクの一面を隠そうとするのではなく、自然と出てこなかったのだ。
落ち着いて考えればそうだ。アニメを見ない連中が、作画監督が誰かとか、どこの会社が作ったとか、気にするはずがない。嘉寿は自分が思いすぎだということに気付いた。
そうして、手を洗い終わって、もうそろそろ帰ろうかと思っていると、メールが来た。裕哉からだった。内容は、ヒマやったら遊びに来ぃへん? というものだった。
だが、昨日のことを思い出すと少し怖い思いもある。だから、今日は断りのメールを返信した。
このまま、これが定着すると恐ろしいことになるだろうことは容易に想像できる。
教室に、鞄を取りに向かう。途中、中庭を挟んで廊下の反対側に裕哉と、恐らくは真白であろう人影を見つけた。嘉寿は、彼らに見つからないように気を配る。二人は、なにかに夢中らしく楽しそうに話をしていた。あれで付き合ってないというのだから不思議なものだ。
「同志、ね」
いまいち実感のわかない関係だった。
その後は、誰かかんか教室でだべっているはずなのだが、今日は誰もいなかった。机から鞄を取ると、一人、朱く染まった廊下をとぼとぼと歩く。風の届かない校舎の中では夕陽は力強く、少し暑く感じられた。もう少しで衣替えだ。鋼鉄の学生服ともしばらくお別れだ。
外からは、野球部のものだろう野太い声と、金属バットの軽快な音が響いていた。少しずつ夏至に向かい日が長くなっていく。照明設備などあるはずもないこの学校では、練習時間が延びて、盛り上がるんだろうなと思った。
玄関まで行くと、人がちらほらといた。いつもだべっている友達連中の一人がいた。
「よお、帰り?」
「ああ桜井か。うん、まあ、そうで無いとも言えなくもない」
振り向いて、嘉寿だと確認するとばつが悪そうにしている。
「? 誰か待ってるのか?」
「ああ、いや、まあ、うん、そうなんだ」
「なに? 彼女と待ち合わせがそんなに恥ずかしがることかよ」
冗談で言ってやった、つもりだった。だが、いつも通りの軽口ではなくて、なんで知ってるのか、という驚きの表情だった。顔が赤い気がするのは太陽のせいだろうか。
「なんで、おまえ知ってるの?」
「いや、適当言っただけなんだけど」
「おまえ、こえーよ」
といって、顔をほころばせた。
「ふーん。そうなのか。好きなやつがいると違うし、実際付き合えたら嬉しいもんな」
「ま、まあな」
「じゃ、邪魔者は早々に消えるんで、楽しくいちゃいちゃしてくれ」
自分は、肌身離さず彼女を連れてるから余裕のあるセリフが出てくる。
「いちゃいちゃって……」
そういって、気恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。
下駄箱から、靴を取り出すと放るように置いて、上靴を脱いでしまった。
「じゃあな。お幸せに」
そういって、玄関を出て、校門へと向かった。
「彼女ね。あいつにも春が来るんだな。オレは年から年中春爛漫だけどな」
そう自嘲気味に苦笑した。
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