02-7

 本来、今日は部屋の掃除をしようと思っていた日だ。掃除は定期的に、両親がいるときにするのが原則だ。そうすれば、親も部屋を掃除しなくてはと言う懸念から解放されるし、嘉寿も見られたらただでは済まないものを衆目に曝さずに済む。

 全てが丸く収まる素敵な行為だ。やることになんの疑念も生じなくらいまっとうなことだ。それに自分の部屋を自分で掃除するのは当然のことだろうし。

 だが、それも今日は体調不良ということで見送った。午後二時を回ろうかというところだ。ベッドに入って病人らしくしおらしくしていたのだが、どうやら体はもう睡眠を欲していないようだ。

「全く、眠くない」

 その声も、部屋の虚空に吸われるように消えていく。外はイヤミなくらいに快晴だし、気分も高揚してくるような陽気。

 なにもしなくて良い。こんな素晴らしい自由な時間を得たならば、することは一つ。嫁とのコミュニケーションに限る。

 小説にしようか、ゲームにしようか、アニメにしようか、コミックにしようか。悩む。部屋のそれぞれの所定の位置に目をやる。パソコン、テレビ、その下のラック、本棚。それぞれにはそれぞれに良さがある。

 だけど、正直今日はどれも気分ではない。今日はなんていうか、新しいるみなに出会いたい気持ちだった。外の陽気に当てられたからかもしれない。

 ふむぅと悩ましげに息をついて、それらから目を逸らすと、ベッドの脇に積まれたマンガの束に気付く。

「そういえば、ゆうのやつがおいてったやつだな」

 気まぐれ。本当にただの気まぐれだった。そのアンソロジーを手持ち無沙汰な人間のそれのように一冊拾い上げた。

 一巻目の表紙は、ラノベの絵師と一緒の人が描いており、抵抗なくすんなりと本を開くことができた。

 だが、最初に目に飛び込んできた総扉イラストに違和感を覚える。すでにここから、アンソロジーは始まっており、違う絵師が描いていた。でも、ラノベ、アニメ、コミックそれぞれが違う人が描いており、ある程度、るみなのいろんな面に慣れているといえばそうなのだ。

 だから、眉間にしわを寄せながらもそれを眺めることはできた。だが、るみなを見ているのとは違う感覚だった。あえていうなら、コスプレに近い感覚。るみなのかっこうをした別のなにか。

 それでも、マンガ本編に入ると思わず見入ってしまった。絵師には上手い下手もあるし、絵柄的に向き不向きというのもある。でも、一様に『るみなの七転抜刀』が好きなのが伝わってきた。

 読み進めていくうちに、るみなのコスプレをしたなにかが、段々るみなであるという認識がもてるようになってきた。

 そうなると、しめたもので次から次へとページをめくり、一冊が終わればもう一冊と持ち前の集中力の良さを発揮して読破していく。

 話も、本編に沿ったものが多いが、そうでないのも混じっている。それを読んだ後は理解不能な気持ちにさせられた。この作者はなにが描きたくて『るみなの七転抜刀』を題材に選んだのだろう?

 こういういちいち考えなくていいところが気になるのも嘉寿の悪いクセだ。言い換えれば、それぐらいるみなに本気だった。

 今日のところは、十冊あったアンソロジーをすべて読破した。だが、レベルの低い絵師には殺意を覚え、話の下手な作者には嘲笑を示した。総合評価として、やっぱりるみなはラノベの絵師に限るという結論になった。

 だが、マンガとして読む分にはそれなりにおもしろかったと言わざるを得ないというのが感想だ。

 でも、これを描いてるのはみなオタクなのかと思うと複雑な気持ちにさせられる。オタクという人種は好きじゃないが、オタク文化は嫌いじゃないという相反する感情が生まれたからだ。

「うーむ」

 うなりながら、読み終えた巻をぺらぺらとめくって見る。なんか、こうもやもやとした気持ちがする。すごく醜くて認めたくない気持ち。おそらく、三次元の恋愛でも生じる問題。

 そう、嫉妬だ。

 嘉寿は、るみなを愛している。好きで好きでたまらない。違法な手段に出てでも結婚したいと思うキャラだ。だからこそ、こんな『るみなの七転抜刀』を好きな人を見るといらいらするし、逆に力不足の作者を見てもいらいらするのだ。

 だから、嘉寿は一つの結論に行き着く。嘉寿は、るみなが好きが故に他のファンの気持ちを受け入れることができない。つまり、アンソロジー、ひいては同人誌を認める訳にはいかない。

 そう、これはどちらがよりるみなが好きかの戦争だ。世界の中で一番を争うのは不毛なことだが、自分の中では他の人間に負けるのは容認しがたい。

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