02-3

 一階に下りると、まず行きたくもないトイレに入る。水分などほとんど汗になっている出るものもない。

 取りあえず、使用を偽装するためトイレの水を流し、習慣で手も洗う。

 そして、脱衣所に行く。そこで、たいして汚れてもいない部屋着とシャツを着替える。すると、母親が入ってきてタオルを絞り出した。

「ど、どうしたの? なんかこぼしたの?」

「さあ、嘉寿くん。上を脱いで。体拭いて上げるから」

 ここですぐに頷けない。頭の中でいくつもセーフティを確認する。そして、少し考えて問題なしと判断して頷いた。

「どうしたの? 風邪でぼーっとするの?」

「う、うん」

 確かに風邪のせいと言えなくもなかった。本来なら疾風迅雷のごとき高回転で瞬時に判断しているからだ。

 再び、上着を脱ぐ。

「あら、ちょっと見ないうちにたくましくなったわね。さすが男の子は違うわね」

 なんだか満足そうな母親。少し母親の期待とは違うように育っている自分が、なんだか申し訳ないと思った。でも、るみなとの結婚をやめる気はさらさらない。

 母親は、背中を丁寧に拭き終えた辺りで、台所のやかんが鳴らす笛に呼ばれて戻っていった。嘉寿は手渡されたタオルを持って、それで、前面や脇の下などを拭いて、洗濯かごにそれを放り込んだ。

 汗は、脱いだシャツに染み込んでいなくとも汗をかいたのは本当なのでさっぱりとした。新しいシャツを着て、別の部屋着の上を着込んで台所に向かった。

 喉が渇いたのは未だ癒されていない。痛いし、いがいがするし、からからだ。

 台所では、母親が懐かしいものを作っていた。ジンジャーレモンだ。ショウガとレモンとハチミツを混ぜ合わせて作る飲みもので、喉に優しい。よく喉を痛めていた嘉寿に母親が作ってくれた飲みもの。

 思い出の味、家庭の味だ。

「はい、嘉寿くん」

 湯気の立っているジンジャーレモンが、食卓に着いていた嘉寿に差し出される。

「ありがとう」

 それにそっと手を伸ばす。そして、口に含む。

「あちっ」

 そうだった。母親の作るジンジャーレモンは熱くて喉に染みるのが唯一の欠点だった。

 息を吹きかけ冷ます。その間に、母親は薬を用意し、体温計とそろえて持ってきた。

「はい、嘉寿くん。それ飲んだら熱測ってこっちも飲んでね」

「うん」

 嘉寿はジンジャーレモンが冷めるまでの間に熱を測ることにした。朝よりはだいぶ楽になっている気がする。

 体温計を脇に挟んで測定している間、手持ち無沙汰になった。今の体温計は予測機能とかついて早いものでは一分とかで結果が出る。だが、嘉寿の脇に挟まれているのは水銀をもちいているやつだ。ゆっくり三分はかかる。

 今日のことをおぼろげに思い返す。裕哉がきていて、オタク論を聞かされて、フィギュアに恍惚としていて……。後は。そうだ。本を置いていったんだった。アンソロジーとか言ったやつを。他にも、なんかやりとりした気がしたが、思い出せない。本気で辛かったから、記憶できなかったんだろう。

 熱は、なんとか下がっていた。それでも、病人の域を脱していないが。でも、だいぶだるさは取れた。それでもだるいが、最大の問題は喉の痛みだ。それさえ乗り越えれば他の症状は気にならない。

 母親の入れてくれたジンジャーレモンは効いた気がする。乾いた空気が喉を通る度、くっついていたのを引きはがすような痛み、つばでさえ飲み込むのがきつい状況だったのが、幾分和らいでいる。

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