02-4

 少し横になってみるが、昼間から寝っぱなしだったのが効いたのか、九時過ぎに送られてきた携帯電話のメールの着信で目が覚める。見れば裕哉からだった。他にも二通、クラスの女子からお見舞い代わりのメールが来ていたが、気づかなかった。

 内容は簡潔。パソコンに招待のメールを送ったからというものだった。絵文字は使わず、顔文字が多用された、女子のメールとはまた違ったうざさのある本文だった。

 なぜに、PCにメールを送ったことを報告するのにこんなにも長くなるのか。簡潔なメールを心がける嘉寿にはいつも疑問だった。まあ、おかげで嘉寿のメールは冷たいとか、感情がこもってないと言われることもある。だが、知ったことか。いやなら、メールしなければいいとさえ思う。

 眠りにつく頃はまだ明るかったのだが、夜の九時ともなれば部屋は真っ暗だった。ただ、家の前に立つ電柱に取りつけられた街灯の明かりと、弱々しく差し込む月の光で、部屋の中になにがあるかは困らない程度にはわかる。

 ぼんやりと浮かぶるみなの姿もまた素晴らしい。花鳥風月の似合うキャラなのだ。

 まだだるさの残る体を無理矢理に起こす。部屋の明かりを付けて、パソコンのある机の椅子にどっかと身を放るように体を預けた。起き上がるだけでも、まだだいぶだるい。パソコンを起動するために、大きく息を吐いて、気合いを入れ直し、ようやく電源を入れた。

 パソコンはマイペースに起動していく。嘉寿がだるかろうと死にかけていようとスイッチさえ入れれば、同じ様に動く。病気にならないし、故障したら部品を入れ替えればだけ。それがなんかひどく今はうらやましく思えた。

 OSが立ち上がり、「うむ、おはよう。無事に起動したぞ」というるみなの声がしてデスクトップが表示される。もちろん、壁紙はるみなのイベント絵を加工したものだ。他のところで鳴る効果音も全部るみなの声にしてある。

 起動と同時にいろんなソフトが立ち上がる。もちろん、デスクトップアクセサリーもるみなだ。デフォルメして頭身の低くなったるみなが日本刀を体の前に突き立てて、それに手を重ねる姿で立っているものだ。これにはバージョンがあって、私服、制服、胴衣姿などがランダムで表示される。

 機能は、デスクトップにいるだけ。時計というわけでもないし、ベンチマークをしてくれるわけでもない。「いる」それこそがもっとも大事なことなのだ。

 マイピクチャや、マイミュージックなども可能な限りるみなで埋まっているし、プログラムファイルズにもるみなのゲームが入っている。

 こんな嘉寿の一番欲しい機能は、るみなが出てくるような未来的機能を除けば、遠隔自爆装置だった。もし、自分になにかあったときは、PCは言うに及ばず、この部屋ごと吹き飛んでもらいたい。

 なにしろこの状態では、PCが壊れても修理にすら出せないのだ。社会的に死ぬ。オタクがPCを修理に出せないという話はたまに聞くが、こういうことだ。

 最近のウィルス対策ソフトは起動時に一緒に更新をしない。少しタイミングをずらしてくれる。嘉寿のような性能の低いパソコンを使っているものにはありがたい仕様だった。それでも、起動時には少し時間がいる。ぼうっとその画面を見ているのかいないのかわからない目を向けていた。

 そして、起動が粗方済んで静かになったところで、もう一回大きく息を吐いた。マウスを動かすのも億劫だ。インターネットのブラウザを起動する。ホームページに設定してある検索エンジンのページが表示される。

 ここで、ベッドの上に放った携帯電話が必要になる。なんていうページだったかを覚えていなかったので、検索ワードすらわからない。ここで一つの葛藤が生まれる。

 だるい。非常にだるい。楽をしようと椅子に座ったまま手を伸ばすが、届く気配はない。体を目一杯伸ばそうとするが、体に力が入らないので諦める。また、大きな息を吐く。

 たった二歩か三歩立って歩けばいいだけなのにそれがとてつもなく億劫なことだった。元々、そんなSNSに参加することすら元々積極的なものでもないのだ。たまたま裕哉に誘われたから見てみてもいいかなって思っただけだ。

 それは、ここでだるい体にむち打って携帯電話を取りにいってまでやりたいことじゃあない。はたから見るとものすごくつまらない理由に見えるかもしれないが、やる気がないと言うことはその程度のことで挫けてしまうものだ。

 だが、もし裕哉の言うとおり、同志に巡り会えたら自分の持ってる語りたい欲求が満たされたりするんだろうか。今の時代、ブログなどでそういうのはある程度満たすことができるらしいが、同じ効果があるんだろうか。

 そういう好奇心は全く無くもない。つまりは、認めがたいけれど、あるって言うことだ。息を整え、よっこらせぇと普段なら誰にも聞かせられないようなおじさんくさいかけ声と共に椅子から立ち上がる。立った瞬間、だるさがこれでもかと襲ってきたが、気力で一蹴する。

 のたりのたりと、ゲームのゾンビのような動きでベッドまで辿り着き、携帯電話を再び手中に収める。

 だが、ここで油断してはいけないのはベッドに倒れ込むことをしてはならないということだ。ここで、横になったら、今日は二度と立ち上がることはないだろう。そんな自分が容易に想像できた。

 イメージ的には、砂漠で野垂れ死にそうなっているところに人と会うことで意識が遠くなるのと同じ感じ。嘉寿の中では。

 目標物を取得したならば、すかさず、可及的速やかに椅子に戻るべし。それをそつなくこなしたて、深々と椅子にもたれると、重い息の塊が一つと、乱れた小刻みな呼吸が数個もれた。

 そして、携帯電話のメールをチェックして、思い至る。案内メールは、パソコンのフリーのアドレスに届いているのだフリーのメールサイトを開けば良かったのだ。

 この時点でかなり脱力してしまう。今、自分にできる全力で任務をこなしたというのに実りあるものがなにもないのだ。そう俗に言う徒労というやつだ。こうなれば、誰かにメールしてでも携帯電話を取りに行った意味でも作るかと思案したが、止めた。正確には話題がない。

 風邪で体が重い中、もう一度だけ気を取り直してパソコンに向かう。たぶんこれで、なにかスムーズにいかない事例が発生したなら縁がなかったことに、となるだろう。

 裕哉のメンツ? 知ったことか。風邪を引いている自分の下にきてフリーダムに語り、好きに自分の世界にトリップして、残していったものだ。できることなら、おろし器ですり下ろしてやりたいくらいだ。

 いつものクセで真っ先にメーリングソフトを起動すると、るみなが「メールが届いてるぞ」という報告をしてくれる。これで、残り五パーセントくらいだった嘉寿の気力が二十三パーセントくらいには回復した。

 間違えた。メーリングソフトではなく、フリーメールのサイトに用があるんだった。だけど、気力回復に繋がったので結果オーライだ。

 先ほど開いた検索サイトのお気に入り登録欄から、フリーメールのサイトへとアクセスする。そこには何通かメールが届いてた。

 『件名:ファインディアに招待のメールが、ユンユンさんか……』と表示されている。それを恐れもなく開く。しかもなんの疑いもなくメールに添付されたアドレスをクリックした。

 すると、IDを作成する画面が現れる。

「ID、IDね……」

 こういうところを使ったことがないので決まった名前とかニックネームとかがない。結局「カズ」とシンプルにいくことにした。熱が若干残る頭でなにを考えたって後悔が残るに決まっているのだ。

 パスワードを誕生日、登録するメールアドレスをネットで使っているフリーメールを入力した。

 すると、個人のページの作成画面に飛んだ。そこには、年齢や誕生日、性別、所属団体、プロフィール、好きなものを書き込めるようになっていた。特に、プロフィール欄は長くも短くも書けるようだ。

 とりあえず、今は入力はしなくちゃいけないようだから、「よろしくお願いします」とだけ書いた。他の欄はことごとく非公開にし、所属団体はtKT会と書いた。暇つぶしの意味を込めてだろう、トゥキルタイム会の略だ。るみなはキルと斬るをかけているらしい。我が嫁ながらちょっとセンスが昭和だ。だけど、そこが良いのもまた事実。あばたもえくぼ? 好きに言えばいい。

 すると、マイフレンドの項目に(1)とだけ表示され、ゆんゆん@マイワイフと書かれていた。画像は、良くわからないがオタク臭のする女の子の絵だった。それを見て、二十三パーセントあった気力ゲージは一気にゼロへと収束し、リアルタイムに減る気力が本当にゼロになる前にログアウトのボタンを押した。

「ふう~、オレはやり遂げた。やったよな、るみな? オレもう休んでもいいよな?」

 脳内で「このへたれが! まあでも、お主にしては頑張ったかの。ゆっくり休め」そう聞こえた気がした。もちろん空想だが。

 パソコンの電源を切って、ベッドに向かう。さっきと同じ過程なのに携帯電話を取るのと、ベッドにダイブするのではなぜこうも足の運び具合が違うのだろう? それぐらい軽やかに椅子を離陸できた。

 もちろん、パソコンのログオフもるみなのボイスつきだ。

「またな。……また明日」

「ああ、また明日」

 それに答えて、また若干癒されて、ベッドに飛び込んだ。

 母親が、嘉寿の物音に気付いて声をかけていたが、九分九厘の意識を手放していたので答えられなかった。ただ、一つ。お腹空いたなぁ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る