02-2

 誰かが、玄関の扉を開けた。まだ自分というものを認識できていないが、その音だけは拾う。

 僅かに身を硬くする。それはある意味滑稽かも知れない。だけど、嘉寿に取っては一番大事なものを守ろうとする習慣から来るものだ。結果、安眠が妨害されたとしても悔やむことではない。

 階段を軋ませながら上ってくる人の足音ではっきりと目が覚めた。習慣的に部屋の鍵を視認する。大丈夫だ。

 この足音の主は父親ではない。こういう心配の仕方をする人物ではないし、なんとなく聞き分けられるようになった結果だ。

 部屋の前まで来ると、母親は扉を軽くノックした。そして、小さな声で話しかける。

「嘉寿くん、起きてる?」

 ここで返答がなければ静かに下りていくつもりだったのだろう。だが、嘉寿は起きている。口を開くのもだるかったが、生来の人の良さと、過剰な防衛意識が答えさせる。

「起きてるよ」

 酷い声だった。風邪で喉をやられているし、眠っている間、多分二、三時間ぐらいだろう、は全く声を発してなかったからだ。それに、鼻が詰まってるらしく、口で呼吸したせいか喉はさらに酷い状態だ。

「大丈夫? すごい声よ? なにか飲みものを持ってくるわね」

「うん、ありがと」

 母親は、またとんとんと階段を下りていく。そこで、はっとする嘉寿。

 飲みものを取りに行くだって?

 まずい。なにがまずいかというと、ちょっと想像力が働くならば容易に推察できたことだ。受け渡しをどうするか、ということだ。恐らく、母親は、調子を見るために強硬に手渡しを望むだろう。そうなると、どうしても部屋がちらっと見えてしまう。この部屋は、ちらっと見えただけで親の心配を煽る部屋だ。

 嘉寿は、そのだるい体にむち打って布団をはね除けると、急いで汗だくのるみなパジャマを脱ぎ捨てて、親の買ってくれた部屋着に袖を通す。

 そして、母親の足音が階段の方から聞こえてきた瞬間、部屋の外に出ていた。鍵をかけるのも忘れない。

「どうしたの嘉寿くん? 部屋で待っててくれればよかったのに」

 母親は、不審がるように尋ねてきた。

「うん、いや、あの、トイレと着替えを、そう着替えをしようと思って!」

 嘉寿的には名案だった。母親も、納得したらしく、そうねと言っている。

「と、とにかく、飲みものは下でもらうよ」

「嘉寿くん、汗は一杯かいた?」

「うん、夢に見るほど」

 そういいつつ嘉寿の服に触ってくる。

「どうしたの?」

「あんまり湿ってないわね。本当に汗かいてたの?」

 しまった。寝てるときは、るみなパジャマなので汗は全部部屋に置いてきてしまった。

「うん、きっと中のTシャツとかは大変なことになってるはずだよ」

「ずいぶん他人事のように言うのね」

 またもや言葉尻を掬われる。

「いや、だって、夢に見るくらいだよ? きっと、大変なことになってるって。ていうか! 気持ち悪いし、あは、あははは」

「変な嘉寿くん。きっと風邪のせいで夢見が悪かったのね」

 ラスボスは、笑いながら自己完結して納得した。嘉寿は、ほっと胸をなで下ろす。

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