01-9
次の日、目覚ましのCDを聞く前に、母親のノックによって起こされた。
「起きて、嘉寿くん」
るみなの柔らかい声とは違う、母親のおばさん声。ちょっと、いらついたが表には出さない。
「う、ん。起きたけどこんな早くになんの用?」
眠い目をこすりながら当然疑問をぶつける。
「ゆうくんが、迎えに来てるわよ?」
と、母親が言った瞬間に、目覚ましCDが発動した。
「起きろ。起きよ……」
「うわあ!」
慌てて、電源を落とそうとするが混乱が手伝い、間に合わない。仕方ないので、ボリュームを小さくした。
「嘉寿くん? なんかあったの?」
「いや! 別に!」
「今の声はなに?」
「テレビだよ!」
「早く下に降りてきてね」
「わかったよ!」
焦った。
だが、今頃になって、なぜに裕哉が来たのだろう? 昨日の一件で仲間になったとでも思われたか? このゲームはおもしろそうだけど、返そう。そう思って、PDSから、ロムを取り出した。
そして、パジャマを専用のかごに放り込んで、制服に着替えようと思ってないことに気付く。
そういえばアイロンをかけるとか言ってたから母親に預けたんだっけか。親が買ってくれた部屋着を着て下に降りていくことにした。
降りてみれば、裕哉がリヴィングに鎮座していた。なにが楽しいのか、にこにこしている。
「おっす。おはよう、カズ」
言葉のイントネーションも、言葉自体も普通だった。
なるほどね、使い分けてるわけか。やはり、一般人である親の前では照れというか、羞恥心があると言うことなんだろう。
それを見て、そこはかとなく安心した。常識というものはあるらしいということがわかったからだ。
「おはよう、珍しいな。おまえが家まで迎えに来るなんて」
「そんなことないだろ、中学まではこうだったじゃん」
「何年前の話だそれは?」
「きびしーな、相変わらず」
嘉寿は、ダイニングの席に着き朝飯を見た。今日は洋食風だった。
「これから、朝飯だから、急ぎがあるなら先に行った方がいいぞ」
あたかも、普段から話しているかのような親しさ。これが幼なじみという距離。あいにく男だが。やはり、幼なじみはるみなのような女の子が良い。訂正、るみなが良い。
「心配しなくていいよ。用事はあるけどそれを見越してのこの時間だから。ゆっくり食っていいよ」
だが、人を一人待たせているのはなにかと心苦しい。母親には悪いと思ったが、かき込むようにして食事を済ませた。
そして、食器を下げて、母親に学生服の場所を聞き、それを取りに行った。いそいそと自分の部屋まで戻る。そしてるみしゃつを、見繕い、着た。
いつもより二十分くらい早く、準備ができた。
「おまたせ、ゆう。行こうか」
「全然まってないぞ」
これがるみなならなんとできた幼なじみだろうと感涙にむせぶところであるが、現実は男。そして、オタク。嘉寿が一番なりたくないもの筆頭のオタク。
二人仲良く玄関を出る。
「で、オレになに用だ? これは返す」
そういって昨日渡されたディスクを突き返す。
「いや、せっかくのキャラ作りしてるんに、幼なじみの家はきっついわ~」
「ごまかすな。なんの用があって、うちに来たんだ?」
「いや~、別に? おまえと昨日話したら、急に懐かしくなってん。避けられてんな~思ってたけど、口利いてくれよったさかいに」
嘉寿は、ちっと舌打ちをした。
「受け取れよ」
押し返そうとしたディスクに手を伸ばさないのを見て、さらに強調した。
「別に返してもらわなくてええねん。それは、今やってるやつの前作やから。やってみたん?」
少し言葉に詰まった。正直に言おうかどうしようか迷ったからだ。それは得てして、裕哉は最大の味方になるであろうという期待も含まれている。オタクというレッテルと引き換えに、だが。
「ああ。クソゲーではない、と思う」
「そっか! 良かったやん」
「なにがだ?」
「おもろいゲームに巡り会えたんや、素直によろこべや」
「オレはゲーマーじゃないからな」
「そんなのかんけーあらへん。ゲーマーやなかったらゲームしたらあかんわけやないし、ゲーマーって言葉自体、自己紹介するときにしやすくするためだけの言葉やろ? そんなんこだわってゲームやってるやつなんておらへんよ」
ばっかやなあ、といっていつも絶やさない笑みとは違う楽しげな笑みを浮かべる。いや、普段も充分楽しげに見えるのだが、それとは違って見える不思議な笑顔。
「今日も暑うなるで。気ぃつけたり」
「なにをだ?」
「…………と思ってるんやったら……ええ」
裕哉は小声でなにかを言ったが、嘉寿にはよく聞こえなかった。楽しそうな感じがパワーアップした。
「なんだって?」
眉根を寄せて、聞くが、裕哉はとぼけた顔で答えようとしない。
「ええねん。わいとおまえの秘密、といったところやな」
「なんだそれ?」
嘉寿は一瞬どきりとする。るみなのことがばれたのか?
「うちに来れば、みんなのアイドル嘉寿の破廉恥写真目白押しやで」
「それは、うちにも同じものがあって、おまえも同じ目にあうのがわかってるのか?」
「おー、すっかり忘れとったぁ! この作戦はあかんな」
そういってまたからからと笑い出した。
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