01-4
はあ、さばか。夕食の席で軽くため息を吐いた。さばだと言った。食べたいと。だから母親は喜んで用意してくれたのだ。でも、ちょっと残念だった。今日は肉気分だったからだ。
でも、前向きに考えれば、るみなは和食が好きなのだ。きっと、焼き魚だって好きだろう。うん、そうだ。夫婦で好みが違うのは不和の元だ。
夫婦という言葉に少し酔いしれる。
「ん? 今日はなんだか機嫌良さそうじゃないか?」
父親が嘉寿の顔をみてそんなことを言う。
「そう? たぶん、今日はいい夢見たからだよ」
内心、焦りながら無難なことを言っておく。
なぜなら、未成年の結婚に必要な親の承諾書を偽造しているからだ。はんこを二種類用意し、親の名前の筆跡を真似て書いて、勝手に結婚の承諾書を作り上げた。私文書偽造? そんなものに当たるのかも知れないが、知らない。愛は全てを超える。
「そうか」
父親も不慣れのせいか少し引きつっていたが、笑顔を浮かべる。仕事が大変な割に実入りが少なく、母親も働かなくてはいけない状況だ。そんな二人にとって嘉寿はできた息子なのだろう。
それよりもなによりも、姉の学費を払うのに躍起になっていることだろう。
嘉寿には、二つ違いの姉がいる。顔はブスではない。だが、とびきりの美人でもない。良く似てない姉弟といわれたものだ。それでも、姉はとにかく人当たりがよい。嘉寿とは違ったベクトルで人に好かれる。嘉寿としては、自分の姉だと強く感じている。
ある部分がおんなじなのだ。のめり込みやすかったり、一途だったり。それを見て嫌悪感を抱いた時期もあったが今では同じ穴の狢だ。
「今日もね、自分で洗濯してたのよ。偉いわよね。この間、酒井さんのところなんか、娘はなんにも自分でしないってグチってたのよ。やっぱ嘉寿くんは偉いわ」
久しぶりに姉のことを考えていたら、食卓は嘉寿の話題になっていた。
「そうか。偉いぞ、嘉寿。お小遣いは足りているか?」
そこはかとなく誇らしそうではある。だが、父親はそういう形でしか息子に関われないのだ。父親なんてそんなものかも知れない。
「ううん、大丈夫だよ」
本当はもっと欲しい。グッズなどを買うお金が結構ぎりぎりなのだ。でも、父親も苦労しているのを知っているから、無理は言えない。本当はバイトでもできればいいのだが、さすがに今年受験なのでそんなことを言い出せるわけもなく。
去年までのバイトの貯金などを上手くやり繰りしながらなんとか耐えていた。でも、夏休みには短期のバイトをしたい。アニメのDVDの第二シーズンがでるのだ。月五千円のお小遣いではどうにもならない。
特に、初回限定版は高いのだ。だが、絶対に確保しておきたい。できれば、通常版とそろえておきたいくらいだ。
そのための勉強。そのための成績。塾なんて必要ないし、勉強も宿題もさっさと終わらせる。そうすることで、親に安心感を与え自分の立場を守るのだ。
とりあえず、夏休みの頭と終わりの方にある、全国模試を優秀な成績、少なくとも、志望校の判定をBぐらいにはしておきたい。
未だ、大学は絞り込み始めてるが、なにをするかまでは決めていない。子供の頃の夢で行くと、医者か警察官だ。医者は言うに及ばず、警察もエリートになるにはかなりの努力と大学名が必要となる。どうせやるなら、徹底的にやりたい。
そういう性格なのだ。だからるみなのことも、徹底的に追いかける。オタクになる素養は充分であると言える。
医学部と法学部のB判定をこの時期に出す。それはすでに選ばれしものの所業だ。一般ピーポーの踏み込める領域ではない。しかも、著名大学で。
さて、どうするか。一つとして著名校はそのままにして無難な学部を選ぶことにする。親が金を出せて、納得できるところ。私立は避けたい。東大はきつすぎる。地元で行くと、北大か。北大の理学部の生物科なんて興味をひかれる。
よし。北大なら家からも通えるし、国立だから学費は志望の中では一番安い。とりあえず、桜井 嘉寿は、北大の理学部を目指すことにする。地元だし、親も納得する選択だろう。
「どうした、今度は急に難しい顔をして?」
父親が、不思議そうに尋ねてくる。さっきより生き生きしているのは見間違いではないのだろう。
「うん。進学のこと考えてて」
「そうか。なんで悩んでるんだ? お金のことなら心配しなくて良いんだぞ?」
「いや、どこの大学にしようかなって。とりあえず去年の進路調査は、有名私立を書いたけど、あんまり興味わかなくって」
「嘉寿くんは、なにを勉強したいの?」
母親も尋ねてくる。
「わかんない。いろんなことを学びたいんだけど。一つに絞れなくて。とりあえず今のところ、北大の理学部にしようかなって思ってるんだ」
「理学部か。理学部でなにがしたいんだ?」
「遺伝子工学」
「そうか。遺伝子工学か。でも、そういう最先端の技術は東京とかで学んだ方が良いんじゃないのか?」
「いや、オレは
「そう? 嘉寿くんならいつでもできそうだけどね。ねえ、あなた?」
「母さんがそういうならそうなんだろう。でも、勉強に集中したいだろうし無理に一人暮らしをすることもないと思う」
父親は、どこかしら嬉しそうにそういった。すると母親もどこか嬉しそうに「そうね」と同意した。
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