01-3
ぎりぎりかと思われたが着いてみれば、必死に走ったのに加え、食事を抜いてきたので余裕があった。
学校では、友達は表面上たくさんいる。
「おはよー、桜井くん」
「おは」
女子も。
「よう、桜井」
「よう」
男子も普通にいる。
だが、誰も、彼が純愛という名のオタク趣味を持つことを知らない。
桜井
親や親族には、誰に似たのかとよく言われる。ただ、祖父が結構いい男だったらしく隔世遺伝だといつも結論付く。なのに、また次会えば男ぶりを褒められる。ザ・エンドレス。
むしろ、最近増えてきたファッション感覚でおしゃれの一環のようにオタクをカミングアウトする連中と同等のスペックを持っていると言っても過言ではない。たぶん、嘉寿がオタク趣味をカミングアウトしても、あの深さを語らなければ、意外性として受け入れられるかもしれない。
確実に、教室の隅で狩りにいそしむ連中とは違う。
周りに人がいながら、孤独。いや、孤高。一人を楽しんでいるきらいすらある。でも、朝の友人たちの輪には必ず入っているし、バカな話も、オタクが興味を持たないだろう話も普通に話す。
オタク趣味を持つが、人生の全てがそれを中心には動いていない。恋人が、いや、嫁が中心にいるだけのこと。
だから友達だって大切だ。優先順位的に上に来ないだけで。それに、ドラマだって、映画だって、流行のマンガや、小説だって好きだ。ただ、嫁より割く時間が少ないというだけで。
流行のマンガを読んで、情報の最先端を行くよりも、何百と聞いてきた嫁の言葉の方が大事で重いだけ。そんなささいなこと。
いわゆる、尻にひかれている状態と言い換えられるかも知れない。二次元の尻。ひかれたそうな人間は多くいそうだ。
はっきり言えば。オタクという生き方は嫌いだし、オタクという人間も好きではない。そして、自分がそれに該当しているということは考えたくもない。
「なあ、あいつらまたPDS持ってきて、ゲームしてるぜ」
男友達の一人が嫌そうにそういった。教室の端っこの方に集まってゲームをしている連中を指している。
その中には五行
そうカテゴライズして関わらないようにしているが、どうしてもテストの際、上位でぶつかることが多し、昔なじみでもある。見飽きた顔とでもいえばいいのか。
「おまえはゲームしないの? おれ、あのゲームやるけど結構おもしろいんだぜ」
別の男友達が言う。
最近はゲーマーと一般人の境目が緩くなってきている気がする。
「桜井はゲームとかするの?」
「フツーだよ。フツー。FFとかVPとくらいだよ」
飽くまで隠す。『神姿 るみなの諸行無常』をやっていることは言わない。匂わせすらしない。知って欲しいと知られると不味いの間の緊張感を楽しんだりもしない。
「VPってフツーか?」
「フツーだろ」
「おれはやったぞ」
あまりゲームに熱中するタイプじゃないけどゲームはするやつがそう答えた。
「ならフツーだな」
そっか、とみんな納得した。
「誰使ってた?」
「オレは、メインだよ。使いやすかったし」
「でも、それだとAエンディング見れなくね?」
「ああ、なんとかっていう、槍使い入れてたかも。緑色でドラゴンに変身するやつ」
「あ、おれもそいつだった。名前なんだっけ?」
その程度のはまり具合だ。声優が誰とか、キャラの細かいプロフィールなどなくても楽しめる。
そんな話で盛り上がっていると、ふと見たオタク軍団の五行と目があった。すぐにそらしたが、五行はこっちを見ていた気がする。
チャイムが鳴って、みな席に着いていく。オタク軍団も解散し、先生にゲーム機を持ってきているのをばれないようにする。当然だ。
授業は、順調。だけど、昨日の夜更かしが効いたのかいまいち集中できず眠い。基本、家で勉強しない派で、勉強は授業を聞けば充分であるという秀才振り。
それでもさすがに、テスト前には勉強する。理由は、部屋の独立を守るためだ。成績が良ければ親は干渉してこない。だが、悪くなると趣味にまで口を出される。それは、なんとしても避けたい。親に、あの子の良さを理解できるとは思えない。
結果、イケメンで背が高くて、ほっそりしていて、さらに勉強もできる。どっかで聞いたフレーズの人間がもう一人できあがる。
結局、その日は眠いのもあったが、嫁をもらった興奮でなにも手に付かなかった。
放課後。少し友達とだべっていたが、これも大層なことは話していない。マンガやゲームの話。ただ、時間が不味くなってきたので用事があると言って早く切り上げた。
家に帰ると、体操着を洗濯機に放り込む。両親は共働きで、この時間はまずいない。
次に冷蔵庫を開け、冷たい飲み物を探す。チルド室にはさばが置いてあった。内心、舌打ちした。魚じゃなくて肉にして欲しい。若いんだから。そう思った。
結局牛乳くらいしかなくて、冷凍庫から氷を出し水を注いで飲んだ。
親がいないことを入念に確認してから、部屋からオリジナルプリントのパジャマやシャツを持ってきて洗濯する。乾燥機付きなので、仕上がりほっこり柔らか仕上げだ。
その間、部屋に帰って、部屋着に着替える。これにはプリントはされていない。親が買ってきて、親に見せるための服装だ。
着替え終えると、ベッドに身を放って、また原作の一巻から読み始めた。あっという間の二時間。
洗濯機が仕事を終える時間になったので、いそいそと降りていく。満足げに洗濯機から洗濯物を取り出す。
そのとき、玄関の鍵が開く音が聞こえた。友達との会話のせいで時間がぎりぎりになってしまったために、ちょっと早めに帰ってきた親とぶつかってしまったのだ。
すーっと、背筋が冷えていくのが分かった。
「おお、神よ。そんなに、オレの幸せが憎いですか?」
朝といい、今といい、厳しい状況が続く。
ここは、毎度自分で洗濯してたたんでしまっているという慣れのスキルを最大限に生かしてあっという間にキャラが見えないようにたたむ。そして、さらに体操服を入れていた袋に詰め込んだ。その作業中に、母親が洗濯場に顔を出した。
「ただいま」
「お、おかえりゃ!」
体操着の袋に入りきらなかったパジャマを隠す。親が買ってきた物でもなく、そして、普段着ていない色なので、ばれたら不審がられるに決まっているのだ。
「あら、今日も自分で洗濯? 自慢の息子だわ」
「ま、まあね。今日は体育があったし」
「協力に感謝して、夕ご飯は腕をふるおうかしら?」
「う、うん。うれしいなぁ」
少し棒読みになりながらなんとか受け答える。母親の興味を早く洗濯物から引っぺがさなければならない。頭をフル回転させる。
「ね、ねえ、冷蔵庫にあったさばで味噌煮でも作ってよ」
一分一秒でも早くこの場から去ってもらわねばならない。冷蔵庫を意識的にチェックしていた自分の幸運を天に感謝した。
「え? あれは、塩さばだから焼いて食べるのよ」
失敗。
「そ、そう。じゃあ、焼きさばでいいから、さばが食べたいなぁ」
「? 若いのに珍しい。じゃあ、今日はお魚に味噌汁ね」
そういって、ようやくのことラスボスは姿を消した。
「ふう」
一息吐いて振り向いた瞬間。
「ねえ、かにかまのサラダとごぼうのサラダ、どっちがいい?」
後ろから母親に声をかけられて心臓が飛び出るかと思った。
「ご、ごぼう!」
声が裏返ってる気もしたが、でもいい。パジャマは全部袋に入ったのだから。
ミッションコンプリート。もう一つ息を吐いた。
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