01-5

 姉がこの家を出て地方大に言ってしまった後は、本当に火が消えた後のような感じだった。やっぱり親としては寂しいのだろう。別に死に別れたわけでもなく、休みにはマメに帰ってくるのにだ。それを見てたら、家を出るとはいいにくい。

「うん、そうだよ」

 同意しておくのが親のためだ。

 姉は、たぶんゴールデンウィークも帰ってくるだろう。そういうイベントに参加するために。美作は、北の中心地だ。当然人も物も一番集まってくる。

 少し沈黙が入り込んできて、三人とも食事を摂ることに集中した。

 ここで、ところでさ、と切り出してバイトの許可をもらいたいところだが、お小遣いはいらないと言ってしまった手前言い出しにくい。

 今は間違いなく「予備校に通いたいんだけど」と切り出すところだ。

 まだ夏休みには時間があるし、模試が近い。今は勉強に集中し、その手応えでバイトを探そうと思った。

 夜は、親と一緒にドラマ鑑賞をして、ニュースを見る。政権政党がどうとか言っているが、日本は二次元との結婚――にじこんを認めた時点で終わったんだと思う。

 それは、当時の嘉寿には寝耳に水だったが、今の彼には神のような法律だ。だが、悲しいことに日本十八歳には投票権はない。本当は、十八歳で成人とする法律を国会で審議していたのだが、にじこんを採用する審議でつぶれてしまった。

 惜しい。実に惜しい。十八歳に投票権があったなら確実に、与党野党を行き来しながらあえいでる現与党に一票を投じたのに。

 雇用問題がどうとか、年金がどうとか。それらが解決に向かっているのかは見えてこない。同じく与野党を行き来している現野党に任せたからといって劇的になにかが変わるとは思えない。 

 こんなころころトップの首がすげ変わる方が問題のような気がする。

 他のことはいいから、まだ落ち込んでいる景気の復活にお金と活力を向けて欲しい。景気が良くなれば、父親も母親ももう少し楽になるだろう。

 そんなことを考えながらニュースを見ていたら、うつらうつらとしていて、母親に揺すられて目を覚ます。

「疲れてるの、嘉寿くん? 今朝もぎりぎりだったし」

「うん。いや、昨日ちょっとはしゃぎすぎただけだと思うから、明日は大丈夫だよ。もう寝るね」

「そう? おやすみ」

「おやすみ」

 昨日は前倒しの誕生会だった。そして、深夜十二時は待ちに待った十八歳の誕生日。だから心底嬉しかったせいもあり、少々はしゃぎ過ぎたのは事実だ。もちろん、その誕生日イブが終わってからの方がテンションが高かったのだが。

 部屋に帰り、鍵をかける。次に部屋着を脱ぐと、るみなのプリントパジャマを手に取った。それで身を包むと、安心感にも包まれた気分になる。

 時計を見るとまだ十時半だ。だが、今日は寝てしまおう。朝早く起きたら、今日の復習でもしていこう。

 そう思って、部屋の電気を落とした。

「おやすみ、るみな。マイスイートハート」

 そういって、写真立てに入ったるみなに熱いベーゼを捧げた。

 夢を見た。るみなと、滝に打たれて修行する夢。水の質感がやけにリアルだし、痛いし、冷たいし、首にくるしで良いことなかったが、でもるみなと一緒だった。

 ふと目が覚めた。辺りはまだ暗い。そして静かだ。自分が滝壺にいないことを思い出す。時計は三時半を指していた。

 ぶるっと身震いを一つする。どうやら、トイレに行きたくて目が覚めたようだ。だから、滝の夢らしい。

 今日は閉めてあった鍵を開けて廊下にでる。廊下はしんとしていて、暗く、自分の家だったか怪しい感覚にする。

 でも、記憶通りに歩けばトイレにたどり着く。この家は二階にもトイレがあり、寝所もあるので、夜中はここの使用が多い。

 何気なくトイレに入り、用を足す。すると、後ろで音がする。父親でも起きてきたのだろうか。音はこちらに向かってくる。

 それに特に不都合はな――ある。そこでようやく意識が覚醒した。自分はるみなのパジャマだ。不味い。

 ドアノブに手をかけていた。危なかった。もう少し気づくのが遅れていれば、ばれていただろう。

 あわてて、トイレの鍵をかけて。こっちへと来た音に話しかける。

「ごめん、父さん? ちょっとお腹の調子が悪いから時間がかかるから、一階のトイレを使ってくれる?」

「大丈夫?」

 帰ってきたのは母親の声。本日二度目のラスボス降臨。

「大丈夫だから、下のトイレを使って」

 必死のアピール。

「今、正露岩持ってきてあげるわね」

 そういって、ぱたぱたと階段の方に消えていく音が聞こえた。

 今すべきことは、母親がどこかにしまった正露岩ノン糖衣を探しだし持ってくるまでに、トイレを出て、部屋に帰り服を部屋着に着替えて戻ってきて、何気なく正露岩を飲むことだ。

 そっとトイレを出て、部屋に転がり込む。あわてたせいでドア枠に向こうずねをぶつけたが、痛がっている暇はない。

 急いで、パジャマを脱ぎ捨てると、手近にあったシャツを手に取るが、それもプリントシャツで、それをベッドの上に丁寧におくと、部屋着をあわてて見つけて着た。

 そして、可及的速やかにトイレへ戻ると、電気がついていて使用中だった。

 おそらく今度こそ父親だろう。

 ここで、嘉寿が至極冷静ならば、出た後に父親が入ったと言い訳できることに気づいただろう。しかし、混乱していた嘉寿は、下のトイレへと向かった。

 どたどたと、時間に不相応な足取りで。

 途中、ラスボスとエンゲージ。

「あら、嘉寿くん、お腹はもういいの?」

「え、いや、と、トイレに行くんだよ」

「今まで、入ってたんでしょう?」

「うん、そうなんだけど、使用中ていうか」

 もう、なにがなんやら訳がわからなくなっていた。

「なに? 出たら、お父さんに使われちゃったの?」

「そ、そう。それ!」

 なにを言われてもそう答えていただろう。

「急いでるからまた後でね」

 なんで、急いでるかわからないがトイレに行かなければならないという意志が駆り立てられる。

「じゃあ、お薬部屋の中に置いておくからね」

 ラスボスの、痛恨の一撃が放たれた。瞬間、目的を思い出した。るみなが関わるとここ一番でひらめくのだ。当たらねばどうということはない。

「あ、そうだね。薬は飲まなきゃね。今飲むよ。ありがとう!」

 大げさに言って、薬を受け取る。ものすごく、不味いが部屋をのぞかれる不味さに比べれば大したことではない。

 何錠飲んだかわからないが、とりあえず飲み込んだ。

「大丈夫? なんか変な嘉寿くん。どこか他に具合悪いところない?」

「な、ないよ」

「吐き気とか大丈夫? さばが当たったのかしら?」

「大丈夫だよ。ちょっと魔が差した、じゃなくて、えーっと、ともかく今出したらすきっとしたから!」

 身振り手振りの大動員だ。

「でも、いま、トイレに行くって……」

「え、急に大丈夫になってきたかも。あは、あはは」

「そう、じゃあ、お腹を冷やさないようにして寝るのよ?」

「うん、心配かけてごめんね」

 本当は、しつこいよぐらいに思っているが、るみなが絡むと実にいい子になる。オタクにだっていい子はいます。

 部屋に入り、クセで鍵を閉めると深い息を吐いた。

「あぶなかった~~」

 部屋着を脱いで、パジャマに着替えると、もそもそとベッドに入って、もう一度夢の世界に落ちていった。

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