空へ

六笠はな

空へ

--------いつからだろう。

こんなに空が近くに見えるようになったのは-------------


まだ夏の暑さがかすかに残る九月。

僕は相も変わらず、アルバイトに明け暮れている。

働くことは好きじゃない僕だけど、今のバイト先は存外充実している。

でも、ふと我に返ると

「いったい僕はどこにいるのだろう」

そんな疑問が胸の中をざわつかせることが多い。

何のために働いて、どこを目指しているのか、どこを目指そうとしているのか

こんな漠然とした不安が拭えないでいる。

明日の予定すらも定かではない僕にわかるはずもないのだけど・・


高校を卒業して、もうすぐ二年半が経とうとしていた。

ビルに囲まれたこの町での生活に段々と順応出来てきていると、寂しい反面大人になってきたのかな、なんてことを思っている。

それまで田舎で育った僕には考えられない人の量だったり、

見上げたら首を痛めてしまうんじゃないかっていうくらいの高いビル群。

肩がぶつかっても、手元の画面から目を離そうとしない大人たち。

僕は僕なりにそんなものと少しずつ戦ってきたつもりだ。


そんなある日、僕のもとに一本の電話が届いた。

「、、、、はい。わかりました。ではまた。はい。わざわざありがとうございました。失礼いたします。」

中学の時から仲の良かった友人が、先日事故で無くなったらしい。

わざわざ彼のお母さんが僕のもとに電話をよこしてくれた。

彼も僕と同じ時期に上京して、都合があった日には二人で遊んだりもしていたが、最近はお互い忙しく、連絡を取れていなかった。

純粋にショックだった。

彼の名は了といって、僕は了の家族にも良くしてもらっていた。

元々お互い人付き合いが苦手で、そんな中唯一と言っても過言ではない友達だった。

身近な人間の死は初めてで、涙こそ零れはしなかったが、ひどく心の奥の方が痛んでいた。



その日のうちに、バイト先に無理を言って数日間の休日をもらった。

「しっかりお別れをしてきなさい」と言ってくれた時、

何故だかそこで初めて泣きそうになってしまった。


翌日、ほぼ一年ぶりに帰郷した。

自分の家族に事情を説明すると、実家から車で約一時間かかる新幹線が通る駅まで迎えに来てくれることになった。

久々に家族と顔を合わせたけれど、なかなか明るい気分にはなれなかった。

僕が座るのはきまって助手席で、流れる景色をただただ見つめていた。


実家に荷物を置き、少し経ってから彼の家に挨拶に行くことにした。

了の実家は僕の実家から歩いて20分ほどの場所にあったので、

懐かしい道を歩いてみることにした。


その日はまだ暑くて、すこし汗ばんだ。

学校への通学路も同じ道だったので、つい一緒に遊んでいたころを思い出してしまっていた。


了とはクラスも部活も同じになったことはなく、高校も同じ学校に進学はしたものの、校内であまり一緒にいた記憶がなかった。でも何故だかお互いの家を行き来したりしていて、いつからどうして仲良くなったのだろう。自分でもわからないくらいだった。

基本的に彼はのんびりした性格で、口数も少なかった。

二人でゲームをしたり、一緒にいるのに全く話さないで別々のことをやっていたりしても苦に感じなかった。

そんな彼が死んだ。まだはっきりとした実感はまだこの時にはなかった。


彼の家に着き、インターホンで挨拶に来た旨を伝えると、家の中へ迎え入れてくれた。

「お久しぶり。今日はわざわざ来てくれてありがとう。了もきっと喜んでいるわ。」

優しく微笑んでくれたが、きっと想像もできない悲しみに打ちひしがれていたんだろうと思うと、僕の方はなんだか笑えなくなってしまった。前より少し痩せたかな、お母さん。


仏壇の前へ行くと、いつもの了が写真立ての中で笑っていた。

そこで、初めて腑に落ちた。


了はもういないのか。もう会えないのか。


涙がゆっくり頬を伝っていくがわかった

本当に泣きたいのはお母さんなんだから、僕がここで泣いちゃいけないと思った。

でも止まらなかった。泣くのをやめられなかった。


どうして。

了は僕なんかより、よっぽど夢があって、努力していて

本当に優しかった。

なのにどうして。


振り返るとお母さんが涙を流しながら、

「ありがとう。悲しいって思ってくれてありがとう。」

そう僕に言った。


そのあと、了のお母さんとなつかしい話とか、今の僕の話とか

たくさん話をした。

「あなたには未来がある。大丈夫よ。」

不安でいっぱいだった背中を優しく押してくれた気がした。

本当に温かい言葉で、また泣きそうになってしまった。


夕方になったので、了と了のお母さんにお礼と別れを告げ、

実家に帰ることにした。


外はさっきより少し涼しくなっていて、空は美しい夕焼け色だった。

ちょうど下校時間だったらしく、母校の制服を着た学生がちらほら見えた。


「----、悲しいほど、きれいだね。---」

イヤホンから流れた曲のこのフレーズがスッと胸の中に落ちて、溶けていった。


不安はまだなくならないけど、でも着実に生きていこう。

そう心の中で、繰り返し、帰路に立った。

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空へ 六笠はな @hana-mukasa

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