第8話 雨空の下で



その日は雨だった。

優しい雨がしっとりと優しく町を包み込んでいた。

やけに目覚めがよくて、起きてから何故か僕は部屋の窓から薄暗い雨空を見ていた。

少し肌寒い風が部屋に流れ込んでくる。

その時はまるで、この星に僕しかいないんじゃないかと思えるほど、静かな朝だった。


相変わらず両親は仕事で出払っていたので、一人で朝食を食べた。

シャワーを浴び、着替えてから、唯に病院に向かうと連絡を入れて家を出た。


今日は唯と何をしよう。

彼女は車椅子生活を余儀なくされているから、あまり無理に連れていくことはできないけど、この雨空を近いところから一緒に見たいな。なんて思っていた。

少しずつ僕の気持ちは前向きになってきていた。

やっと本当の意味で唯の命と向き合い始めることが出来たんだと思う。

もちろん悲しくて仕方のないことは変わらない。

けれど、悲しむことと向き合うことっていうのは同じではないんじゃないかと思い始めた。

だから一生懸命最後まで生きる彼女の姿を心にきちんと刻むために

僕も一生懸命彼女と向き合うことに決めた。


昨日と同じく電車で病院の最寄り駅まで向かい、そこから歩いた。

もう唯の病室は分かっていたので、受付に聞くことなく直接病室に向かった。


ノックをしても返事がなかったのでおかしいなと思い、扉を開けた。


そこに唯の姿は無く、あったのは片付いたベッドだけだった。

近くを通った看護師さんに

「あのすいません、この病室にいた藤代唯ってどこに行ったんですか?」

と聞いた。そうしたら

「藤代さんは、昨晩お亡くなりになられました。」


わからなかった。この人が一体何を言っているのか。

そして目の前が真っ白になって、そこに倒れこんでしまった。


「大丈夫ですか!?すみません!誰か来てください!!大丈夫ですか!?」

朦朧とした意識の中で看護師さんの声が聞こえた。

ごめんなさい、大丈夫です。と言いたかったんだけど、体が言うことを聞かず、そのまま意識を失ってしまった。


目覚めると僕は病院のベッドの上に居た。

倒れてから5分ほど経っていたのだろうか。

ベッドの横で唯のお母さんがうずくまっていた。

「あれ?お母さん?」

「瑞希くん!大丈夫?ごめんなさい、ショック受けちゃったわよね。」

聞くと、僕が倒れこんだ事をを病院内にいた唯のお母さんが知って、ずっとそばにいてくれたらしい。

「あの、僕。すみません、余計な心配かけて。」

「ううん、いいのよ。それに瑞希くんにはしっかり話さなきゃと思ってたの。」

その部屋は病院の先生が気を回してくれたらしく、個室だったので気兼ねなく話を聞くことが出来た。

「昨日の夜中にね、急に容態が悪くなったって病院から連絡が来て、急いで駆け付けたんだけど・・・・。間に合わなかったの。」

「病気で、ってことですよね?僕、唯の病気のこと知らなくて。聞いても教えてくれなかったんです。」

「私も唯から、瑞希には教えるな!ってきつく言われてたわ。・・・・・・癌だったの、肝臓の。」


・・・知らなかった。癌だなんて、そんなのドラマの中だけだと思っていた。

彼女は理不尽な死に脅かされるだけでなく、そんな大きな病気とも戦っていたのか。


悔しくてたまらなかった。なにも気付いてやれず、何もできなかった自分が情けなくて、苦しかった。

そして、ずっと堪えていた涙が少しずつ頬を伝い始めた。

そんな僕を見てお母さんは、優しく笑っていた。

「ごめんね、心配してくれるのわかってたんだけど。だからこそ唯は瑞希くんにこれ以上心配かけたくないって言って聞かなかったの。」

最後まであいつは、唯は僕のことばかり心配していたんだ。

唯のお母さんによると、元々体が弱かったのはあったけど癌が発覚したのは本当に最近のことらしい。もうその時には癌は末期にまで進行していたらしく、正直安楽死が先か、病死かわからない状況だったらしい。

「ずっと辛そうにしてたのに、瑞希くんが来てくれるって知ってからあの子、すごい元気になったのよ。最後にあんな幸せそうな唯を見れて私・・・・・」

ずっと笑顔を保っていたお母さんもついに泣き出してしまった。

きっと昨日からずっと泣いていたんだろう。

そんなお母さんに僕は言葉の一つもかけてあげることが出来なかった。


「きっと唯は瑞希くんのこと大好きだったんだろうね。」

むしろ僕が励まされていた。勇気づけられていた。

「僕も唯のこと好きです。今も変わらず好きです。」

こんなことを言う必要があるのかないのかは別として、これだけは伝えておきたかった。

お母さんはありがとう。と微笑むと鞄の中からある手紙を取り出した。


「昨日瑞希くんが帰ったあと、唯が瑞希くんにって手紙書いてたの。あたしが死んだらこれ瑞希くんに渡してくれって言われてたの。よかったら読んであげて。」

水色のかわいい封筒だった。少し驚いたけど、唯が僕のために書いてくれたと思うと嬉しかった。

「お母さんも一緒に読みませんか?」

と聞くと、いいの?と嬉しそうにしていたので一緒に読むことにした。

手書きで「瑞希へ」と書かれた封筒を見て、読んでしまうと本当に終わってしまう気がして一瞬躊躇ったけど、その封を開けて手紙を取り出した。

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