第3話「久賀先輩」
「みーはる!」
後ろから名前を呼ぶ声がしたかと思えば、振り返るや否や突然真っ暗になる視界。
「ぎゃっ、久賀先輩!?」
聞き慣れた声を頼りに犯人であろう人物の名前を言い当てる。
というか、そもそも私にこんな意地悪をしてくる時点でこの人しか考えられない。
「“ぎゃ”って、色気ねぇな~」
悪気のないその声に思わずカチンと来て、執拗に頭を掻き回す大きな手を強く払いのけた。
猛勉強の末、第一志望であったS大に入学できたことに、この上ない幸せと達成感を感じながら過ごしている。
…が、人生史上最大の問題児――
「何度も言ってますけど、先輩のそういうデリカシーのないところ、本当に大っ嫌い」
大学生にもなって色気がないこと、正直気にしているのに…!!
「えぇっ、傷付くな~」
(傷付く?どの口が言ってるのよ!)
困ったようにへらりと笑う先輩をぐっと睨む。すると明らかにしょんぼりとした表情を浮かべるもんだから、反射的に胸が痛む。
いつもならここで先輩の落ち込んだ様子に同情してしまい、あっさりと許してしまう。本当に反省してくれてたら良いんだけれど、五分も経てばなんのことやら。
そのせいで結局、『怒られる→落ち込む→許される→調子に乗る』という最悪のループを生んできた。
(先輩は役者、先輩は役者…)
心の中で素早く十回、自分に言い聞かせる。
「未晴ちゃん~?」
恐る恐る顔色を窺う先輩の声を無視して、くるりと背中を向けると歩き出した。
「えっ、未晴!?」
いつもならこのあたりでそろそろ許してくれる…と油断していたのだろう。
予想外な私の態度に焦りだす。
「未晴、なんでそんな怒ってんの!?」
しっかりと掴まれた右手に、久賀先輩の熱が伝わってくる。
「…先輩、今焦ってます?」
「かなり!!!」
食い気味に答える必死な姿がおかしくて、思わず笑ってしまう。
あーあ、これでまた私の負けだ。
「先輩…普段は手冷たいのに、今はすっごく熱いですよ」
「まじで…?」
「うん。…そうだ、アイス食べたいなぁ~」
「!? ん~~よし!食べさせてやるよ」
「あ、でもコンビニとか嫌ですよ?駅前に出来たばかりのジェラート屋さんのが食べたいです」
いつもの私に戻ったことにほっとしたのか、「しょうがないなぁ~」と呆れたように言いつつも、今度はふにゃりと笑った。
そんな久賀先輩をちょっとでも可愛いと思ってしまったのは誰にも言えない私だけの秘密。
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