いっぺん海まで歩いてみよう

真夜中 緒

いっぺん海まで歩いてみよう

 大阪に住んでいる。

 大阪とは言っても通天閣とかのあるところではなくて、北摂の阪急電車の沿線に。特になんの面白みもない住宅地だが、一応大阪市内ではある。

 近くに淀川の堤防があって、海からの距離は十二キロメートルだとか書いてあるが、川下はカーブを描いていて見通せず、海の気配の欠片もない。距離で言えば海より遠いはずの生駒や六甲の山並みのほうがはっきりと見ることができる。

 ふと思いついて、海まで歩いてみた。

 淀川の堤防沿いに、特になんの芸もなく。

 歩いてみると堤防という場所には結構色々なものがあるのに気付いた。

 誰が作っているのか畑があり、釣り糸を垂らす人がおり、お地蔵さんや観音さん、お不動さんなんかがあちこちに鎮まっている。バーベキューコーナーは駐車場のほうが目立っていて、宣伝のためののぼりがないと、遠目にはちょっとわかりにくい。

 考えてみればあるのが当たり前なのかもしれないが、あちこちに立派な桟橋や岸壁があるのも知らなかった。面白いところでは柴島にゴルフ場があって、実際にコースを回っているところが見える。なんだかとても庶民的な感じのゴルフ場だ。

 この「柴島」という地名、おそらくは大阪で一二を争う難読地名だと思う。この地名の読み方を問われることはまずない。皆確信を持って間違える。ちなみに正しい読みは「くにじま」である。地元の駅は阪急電鉄の駅の中で最も乗り降りが少ないことで、鉄道オタクに知られている。

 歩いたのは夏だったので、飲み物を買うのには苦労した。堤防にはコンビニはおろか自販機さえない。飲み物が欲しければ堤防から一度おりて、町中に戻らなければならない。

 しかも堤防というところには日影がない。少なくとも大阪市内の淀川の堤防にはない。

 堤防の内側に木は結構生えているのだが、雑草とひとかたまりになってコロニーを形成する、「野良」の木なので、木陰を楽しむことはできない。私は三日に分けて歩いたが、一日で歩くつもりなら早朝からをおすすめする。夜は結構暗くなる。

 生まれ育った地域にずっと居座っている私にとって、堤防というものは町のどこよりも高くて見晴らしのいい場所だ。その堤防を超えて行く橋には巨大建造物としか呼びようのない威厳がある。城北大橋のスタイリッシュさ、複雑な曲線を描いていてうねる長柄橋。川や堤防どころか中津の街の一部まで蓋をしたように覆う十三大橋とそれに続く高架道路。(十三も大阪以外の出身者にはよく間違われる。正しい読みはじゅうそうだ。)

 中でも伝法大橋には一見の価値がある。

 この橋には実に分厚く厳しい「門」が付属しているのだ。

 伝法大橋辺りまでくると、堤防の内側と外側を比べれば明らかに内側の方が高いことに気付く。これは知識として知ってはいても、実際に目にするとちょっとゾッとする光景だ。自分が住む場所が無機質なモノでなく、人間の絶え間ない努力によって維持されている事を実感する。その一つの表れが伝法大橋の「門」だ。

 この場所では橋はもはや堤防を完全に乗り越えることはできず、門によって堤防の中と外に区切られる。

 伝法大橋を超えると海まではもうすぐだ。

 伝法大橋を超えてすぐに小さな港がある。港というか、船溜まりっぽい。すぐそばに何かの工場があって、そこの付属品ぽくも見えるので尚更だ。私はてっきり小型船でも作っているのかと思った。

 実際にはそこは伝法港という漁港なのだそうで、そういえば伝法大橋には周辺でとれる魚のタイル画が敷かれている。実は漁協もあるのだそうだ。伝法といえば此花区。かのUSJも此花区にある。

 更に歩くと会社や工場ばかりになり、一般の住宅を見かけなくなる。湾岸線の下をくぐってしばらく行くと、A3程度の白い板に「河川管理境界 淀川」と書かれている。ここを境に管理者が大阪市港湾局にかわる。

 つまり、見ようによってはここで川が終わる。

 実際にはこの先も北港のヨットハーバーまで堤防は続く。これが意外なくらい代わり映えしない。ヨットハーバーから海を眺めても、あまり景色に広がりがないのだ。海らしい景色を求めて舞洲に渡った。

 舞洲にはなにもない。

 いや、工場とか会社とかはあるのだけど、てくてく歩く人間にとって、それはひたすら続く塀である。工場や会社以外の場所は雑草に覆われている。

 だがしかし、舞洲には海辺を歩ける散歩道があるのだ。

 散歩道というものは工場でも会社でもない。だから結構雑草が茂っているが、歩ける程度には整備されている。海流の関係か残念ながら海辺は漂流物に覆われてはいたが、そこからは大海原を望むことができた。

 以上、とりあえずいっぺん海まで歩いた話である。

 ちなみに舞洲にはバスの他に公共交通機関がなく、本数は至って少ない。帰りも歩く決意でなければ、あらかじめバスの時刻表を調べておくことをおすすめする。

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