現実パート
第10話 夕食時のカタルシス
「……ぃ」
「……お兄」
「……お兄!」
徐々に、聞き覚えのある声の波が迫ってくる。
「起きろおおおおお! お兄いいいいい!」
「……ッ!?」
ガバッと起き上がったショウは、自分が寝ていた事を認識し始める。それと同時に、彼の腹の上に乗っかっていたタブレットも落ちた。
「お兄、そろそろご飯だって!」
ショウの横には紺色の胴着と袴を着た、目には黒い包帯を付けていないエリがいた。
「……夢?」
「え? 何、お兄? 寝ぼけてるの?」
ショウは、駆けめぐる思考の渦から必死に整合性を合わせていく。
「エリちゃん!」
「な、何、お兄?」
「さっきまでの夢の出来事を覚えてる?」
「……」
「ほら! 今度は恐竜達が出てきたじゃないか! その後、恐竜の頭が沢山ついた巨人が出てきて……」
「……見てないよ」
眠そうにも見えるジト目に小さく"へ"の字口の表情でエリは言った。そしてここは自分の家であり、今まで自分は夢を見ていたのだと理解する。
「お兄がタブレットで、いろいろ調べてる最中に寝ちゃったんじゃん」
「え? で、でも! 夢の中にエリちゃんだって出てきたし!」
「だって私は寝てなかったし、お兄が寝てる間はゲームやって、テレビ見て、その後道場に行く為の支度してたよ」
「そ、そんな……でも……」
「でもじゃない! 本当に知らないってば!」
そんなことを言い合っていると、母が台所から彼らの様子を窺う。
「ショウ、起きたの? ショウの分の夕飯が、もう少しで出来るからちょっと待ってなさい! エリ、本当にお見送りは良いの? 剣道のお姉ちゃんが来るって言ってたけど?」
「うん、もうそろそろ来るはず……」
「お姉ちゃん?」
剣道にお姉ちゃん……言葉一つ一つに強烈な既視感を彼に与えていく。
ショウの鼓動が速まっていく。
すると、家のインターフォンが鳴り出す。
「あら? 来たんじゃない?」
「それじゃあ、言ってくる」
エリは大き目の鞄と竹刀袋を抱え、ツインテールを揺らしながら玄関へと元気に駆けていく。母もエプロンで手を拭きながら、お菓子の袋を持って玄関の方に歩いて行った。
ショウも気になり様子を見る為、リビングから顔を覗かせる。
「ありがとうね清白さん、今日はワザワザ家までエリを迎えに来てくれて。良かったらお菓子と持って行く?」
「いえいえ! そんな構いません! 今日は夏期講習が無いので迎えに来ただけですよ!」
「良いのよ、持って行きなさい! 皆で食べてちょうだい」
母の声と対話する声。
とても聞き覚えのある声色に、ショウは目を見開いた。
「あ、ありがとうございます! それでは、頂きます!」
良く通ったハキハキと話す声。
長く黒い髪を一本に結び、綺麗に整った顔立ち、胴着を着ていても分かる豊満な胸。
「……モエカ……さん?」
「……え?」
そこには、傷一つ付いていない清白モエカの姿があった。ショウは覗くのを止め、玄関口へ歩み寄る。
「お、お兄!? ちょっと、何出てきてるの!?」
エリは自分の兄の言動に驚くが、ショウはお構いなしに近づいていく。
「モエカさん! 生きてる! 無事だったですね! 良かった……夢の中だけの出来事で本当に良かった……」
「ちょ、ちょっとショウ! なに失礼なこと言ってるの!」
「お、お兄! バカ! 何でまだ寝ぼけてるの! 恥ずかしいから止めてよ!」
「ち、違うんだ! 夢だけどそうじゃなくて! 恐竜の巨人の攻撃からモエカさんは僕を庇って……」
母とエリから体を押さえられるショウ。彼自身は進行する意志はないものの、彼女等に押し戻される力からは抵抗する。
そんなやり取りを見ていたモエカは、初めはキョトンとしていたが次第に笑みを浮かべる。
「君は、エリのお兄さんか?」
「……え?」
モエカの言葉に、今度はショウが硬直する。
「初めまして、私は清白モエカだ。エリちゃんと同じ道場に通ってる者だ。よろしくな!」
モエカは爽やかな笑みを浮かべ、ショウを見つめた。
「モ、モエカさん!」
「な、なんだ? というか、君は私の名前は知っているのだな?」
「え、ええ! だって、さっき夢の中で会ったじゃないですか!」
「ゆ、夢の中で?」
「ハッ!!」
興奮気味のショウに対して、突然エリは彼の腹に重い正拳突お見舞いする。
「うぐっ!?」
顔を青ざめさせ、何かが口の方へと押し戻されそうな感覚を必死に堪えながら、ショウはその場に倒れ伏す。
「お兄……いい加減にして、寝ぼけるならもう一度殴るよ」
「ご……ごめん……」
「エ、エリ! そんなお兄さんを殴らなくても、私は困って……」
目元に影を落として睨みつけるエリは、蒸気が出るのではないかと思える程の力を込めて、握り拳を掲げている。それに対してモエカは、必死に宥めていた。
「お兄のバカ! 行こ、モエカさん」
「あ、ああ、それでは失礼しました!」
エリに手を引かれ、モエカは外へと出て行った。
◇
「シンクロニティでは、無かったってことなのか……」
夕飯を食べ終え、食卓テーブルでショウはタブレットを開く。
夢での出来事いまだ鮮明に覚えているショウは、今まで夢の中で起きた出来事をタブレット内のメモ書きに書き込んでいく。
いくつもの情報の中で、気になったワードをとりあえずネットで検索し、調べていくことにした。
「黒い包帯、ウサテレ、上野公園連続通り魔事件……そして、何とかドリーム・コネクション……ドリーム・コネクターズって言ってたっけ……」
あらかた入力し終わり、情報を整理する。他にも人名をリスト化していく。
「えーっと、デーブ・ブラウンさんと、確か杉宮ユリカさん……そして、南方ダイチ……」
さらに、彼らが言っていたファーストやセカンド等の数字を表す単語も出てきたが、それらはウサテレの内に映し出されていた二人だけに通じる何らかの略称のようにショウは思えた。とりあえず、それもリストの中に書き込む。
「よし! それじゃあ、調べて行きますか!」
エリに怒られたことにもメゲず、ショウはリストに入れた言葉をとにかく調べていく作戦にしたのだ。気合いを入れ直し、再びタブレットと向かい合う。
そして、調べた結果は次のようになった。
黒い包帯とウサテレに関しては、アニメの画像や何らかの小説らしいものしか出てこなかった。ウサテレは略称だった為、正式な長い名前も入れてみても有力な情報が手に入らない。
次に、一番情報が出そうな上野公園連続通り魔事件について調べてみる。結果……
「……見つからない」
似たような事件は、上野駅前で起きた事件や秋葉原で起きた事件が浮上してくる。だが、上野公園で起きたと思われる通り魔事件の記載が一切無いのだ。
夢の中のモエカも、上野公園連続通り魔事件のことを知っている素振りを見せていたが、やはり夢だったのだろうかとショウは悩む。
関連して、その犯人だと言われていた黒竜や巨人、南方ダイチについて調べてみるが、これもヒットしない。
「……」
ショウは、顔をしかめる。これでは本当に空想上の事件に過ぎない。
ただの夢でしかない。
「……よし! 次だ次!」
次はウサテレ関連の人達、ドリーム・コネクターズについて検索する。
結果……
「ダメだあああああ! 出てこないいいいいい!」
タブレットを投げだし、彼は机に突っ伏してしまった。
ドリーム・コネクターズなる単語も、デーブやユリエに関して調べて見るも、有力な情報が一切合切出てこないのだった。
今まで調べた全て、この世にない架空の存在であること表している事になる。
「やっぱり夢なのか……あのリアルな夢も、シンクロニティも、全部たまたま見た夢の出来事でしかないのか……」
ショウは、完全に脱力しきってしまう。
モエカが死んでいなかった事は喜ばしいが、今までの冒険は結局ただの夢だったということだ。ただ、いろいろなご都合主義に溢れた夢であったが、非常に楽しかったとショウは思う。
そして、この夢には何か意味がある。今後もあくびの出そうなこの退屈で平和な世界から目覚めさせてくれるような、非現実的な事が起きてほしいと彼は願った。
勉強に追われ、不思議な現象の起こらない平凡な日常から脱出したかったのだ。
「おーい、帰ったぞー」
間延びした男性の声が聞こえてくる。その声の主に、ショウはさらに溜め息が漏れた。玄関からワイシャツとスラックスを纏い、ビジネスバックを抱えた父親が入ってきた。
「お! 何だショウ、机なんかに突っ伏して風邪引くぞー?」
「父さんお帰りなさい」
「おう! ただいま! エリと母さんは?」
「エリちゃんは先輩と一緒に剣道へ、母さんは風呂で体を洗ってるよ……」
「何か、日本昔話が始まりそうな語呂だな! それにどうした? 元気ないぞ? お! もしかして、お前にもついに恋の悩みとかか? お父さんで良ければ相談に乗っちゃうぞー! アッハッハッハッハ!」
千鳥足気味の父の高笑いに、ショウはさらに脱力していく。
「父さん……酔ってるでしょ」
「良く分かったな! そうさ、社会って言うのは愛と夢と酒があれば何とかなるもんさ! ほら見て見ろ父さんを! 平社員だけどこんなに楽しそうに生きてるぞ! ハッハッハ!」
顎髭をボリボリ掻きながら父は冷蔵庫からビールと買ってきた摘まみ菓子を持ち出し、ショウの隣へと座り込む。
「で、どうした我が子よ! 悩み事なら本当に相談に乗っちゃうぞ!」
「別に良いよ……」
「何だよ水くさいなー、お母さんに怒られたか? それともエリに隠していたエロ本でも見つかったか?」
「違うよ……変な夢を見ただけだよ」
「ゆめ?」
酔っている父の絡みから早く抜け出す為、例のリアルな夢に関して人物名や通り魔事件等の物騒な要素は省き、要点だけを説明し簡潔に答えた。それに対して、父は真剣に聞くように頷いていき――
「なるほど! 間違いない! それは夢だな!」
と、大笑いする。
ショウは、そのままタブレットを抱えて自室に戻ろうとする。しかし、父に肩を掴まれた。
「まあ、待て待て。別に夢だからと言ってバカにしている訳ではないぞ。昔のお偉い心理学者の方々も、夢に対して真剣に考えたからこそ、今でも名を残す有名人となったんだ。たとえショウが見たその夢について、真剣に考えることに父さんは反対なんかしないぞ。寧ろ応援してやるって」
ショウにとって気になる話を引き合いに出され、父の方へ振り返る。父はヘラヘラとしながらも話を続けた。
「かの有名な、何とかルトさんは言った。認識の全てを徹底的に疑い、それでも残った絶対的に確実な認識を探求するべきだ」
「それって、デカルトのこと?」
「おう、それだ! 良く知ってるなショウ!」
「いや、まあね……って言うか、その言葉を知っておきながら、名前は覚えていないんだね。何とかルトって……」
「アッハッハ! 父さんは人の名前を覚えるのが苦手だからな! だから平社員なのかもな!」
自虐ネタはともかく、父はさらに続ける。
「まあ、とにかく父さんが言いたいことはな、メゲずに物事の真理を探し続けろってことだ。その考える力っていうのは将来役に立つ。父さん保証するぞ!」
「ありがとう。でも、父さんが言うと説得力がなくなるよ」
「アッハッハッハ! 確かにそれは言えてるな! アッハッハッハ! とにかく自分を信じて頑張ってみろ! ショウ!」
父から叱咤激励をもらったショウは、あくびをしながら今度こそ自室に戻ろうとする。
「あ、そうだ。明日みんなで上野公園行くからちゃんと準備しておけよ」
「……はい!?」
父の突然の申し出に、ショウは驚き振り向いてしまった。
自分の耳を疑い、聞き直す。
「い、今なんて……」
「いや、だから明日上野公園に出かけるんだって。もしかして、聞いてなかったのか?」
「聞いてないよ!? いつ決まったの!? しかも、このタイミングで!?」
ショウが驚きの声を上げていた所、母が寝間着姿でリビングにやってきた。
「何よ、うるさいわね。夜なんだから静かにしなさい。あら、貴方お帰りなさい」
「おう! 母さんただいまー」
「母さん! 明日上野公園に出かけるって本当なの!?」
その質問に母親は躊躇なく頷く。
「そうよ。この前言ってたじゃない。家族みんなで上野公園に出かけるって」
「そうだぞショウ! 上野公園には動物園や博物館、それに飲み屋が沢山あるんだ! お前も夏休みなんだし旅行の一つや二つ行くのぐらい悪くはないだろ?」
「貴方……一応言っておくけど、飲み屋には行かないわよ」
「ええー! 良いじゃないか! これもまた社会勉強だよ! ハッハッハッハ!」
楽しそうに大笑いする父を見て、ただただ呆気に取られるショウであった。
◇◇
新たな寝間着に着替えたショウは、自室のベッドに倒れ込み天井を見上げた。
今日見た二つの不可思議な夢のこと……
最初の夢は覚えていると言ったエリが、次の夢では覚えていなかったこと……
モエカが生きていたが、ショウのことを知らなかったこと……
夢の中に出てきた共通の人物達……
共通の事象……
架空の団体と事件……
上野公園連続通り魔事件という単語……
「そして明日、上野公園へ行く……」
噛み合いそうで噛み合わないチグハグな事ばかりで、ただもどかしさだけが残されていく。
たかが夢の出来事だと思ってしまえば、それまでのことだ。
「何とか解明したいな……」
ショウには、何とも言えない違和感があった。
何がどうとか理屈で話せる物ではなく、第六感に近い物である。
不快感とでも言うのであろうか。
地に足着かない感覚が、ショウにまとわりついているのである。
「そういえば……僕達は、エリちゃんの夢の中に居るって、デーブさん達が言ってたな……どういう意味だろう」
エリの夢の中にショウやモエカ、通り魔の南方ダイチも呼び寄せられたということなのだろうか。だとしても、今回の恐竜世界の夢はエリ自身覚えていないと言っていた。
「もしかして……エリちゃんが嘘を吐いてるとか?」
しかし、それでもエリ以外に夢の中に居たはずのモエカが覚えていなかった。
「うーん……さっぱり分からない!」
考えれば考える程、訳が分からなくなっていく。
とりあえずは、一旦休んで考えようと決める。明日は何だかんだ上野公園へ行くことになっているのだから支度をしなくてはならない。
何だかんだショウ自身も、いきなりのイベントに心が躍っていた。
「……あれ?」
いろいろと思いに耽っていた時だった。
視界の片隅に、小さくて白い奇妙な物がフワフワと飛んでいるように見える。
最初は白い埃が飛んでいるのかと思ったが、目を凝らして良く見てみる。すると、それは何処かで見たことのある物である事に彼は気づく。
白い粒子。
夢の中に出てきた、物質を破壊すると飛び散る丸い粒子に見えたのだ。
「え!?」
彼は目を擦り、もう一度確認しようと粒子を見てみると、何もなかったかのように粒子はパッと消えていた。
辺りを見回しても、それらしい物はどこにも見当たらなかった。
「……」
理解が追いつかず硬直するショウだが、しばらく思考を回転させた後に――
「……疲れているんだな、たぶん」
と、自己完結することにした。
・・・・・・
・・・
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