第9話 託されしソードハート

 巨人の腕についてトリケラトプスの頭が、突然地面に落ちる。

 頭は痙攣し徐々に胴体を形成し始め、図鑑で見たことのある象ほどの大きさで、完全な四足歩行のトリケラトプスが誕生した。トリケラトプスは、明確な敵意を持ちながらショウ達へと全力で突撃してくる。


「うわっ!?」


 脊髄反射で、ショウはトリケラトプスの角を右手で掴み抑える。


「くらえ!」


 そのまま彼はトリケラトプスを持ち上げ、巨人に投げつける。だが、巨人は意図も容易く飛んできた恐竜を払い落とした。


「お兄! 左! 左から!」

「え?」


 巨人の様子を見ていた最中、死角から大口を開けたティラノサウルスが襲いかかってくる。彼は咄嗟に頭へ拳を叩きつけ、ねじ伏せるが――


『ヒャッハー! 隙ダラケダ!』


 巨人の胸部についたティラノサウルスの頭から熱線を吹き出す。熱線はビームのようにショウへと伸びていく。


「ク、クソッ!」


 ショウはその場から飛び退くと、熱線は地面を抉り上げ爆発する。


『オ前ノ右手ノ対策はシテアルンダヨ! 数ガ多イト、オ前ハ対処出来ナインダ! アヒャー!』


 黒い包帯から生み出される怪力は、確かに相手を一撃で沈める程の力や応用力がある。だが、ショウも崖に捕まっている時には気づいていた。

 右手以外の体の部位は、本来の身体能力と変わっていなかったのだ。

 右手以外は、怪力の能力は使えないのである。


『オラオラ! ドンドン行クゾオラ!』


 体から多数の小さな頭を振りまく巨人。その頭は体を形成し、最初に出会った恐竜ラプトルとなる。ラプトルの群は、前方にいるショウと後方のエリやモエカ達に突撃していく。


「エリちゃん! モエカさん!」


 焦りが隠せなかった。

 非戦闘員であり不調のウサテレを抱えたエリと負傷しているモエカでは、あの数をさばく事など出来る訳がなかった。ショウですら3、4体に囲まれ苦戦をしていた。

 ラプトルの1体が噛みつこうとしたのを彼が凪ぎ払うと、もう1体が凪ぎ払った右肩に噛みつく。さらに念を押してくるように左腕にも噛みつかれ、拘束されてしまう。

 彼の焦りは最高潮に達し、後方の彼女等に声を上げた。


「二人共、逃げ――」


 声を上げたその時だった。

 突然ラプトル達の首が胴から離れたのだ。

 さらに追い打ちとばかりに、離れた胴にニンジンが刺さり爆発した。

 呆気に取られるショウの背後から、近くに居たラプトルが噛みつこうと襲いかかる。が、一筋の残光と共に縦から真っ二つにされてしまった。

 彼が気づき後ろを振り向くと、そこには刀を納めるモエカの後ろ姿があった。


「この程度の相手なら……私が捌いて見せる」

「モエカさん!? その怪我で大丈夫なんですか!?」

「ああ、ショウ……もう、あっちは片が付いている」


 モエカが指し示す方を彼が見ると、バラバラに積もったラプトルの残骸。二人に向かって手を振るエリ、そして地面に降りデーブの姿を映し出したウサテレが居た。


「お兄ー! ウサテレ復活したよー!」

「悪かったなジャップボーイ! チューニングの調整で遅れちまったぜ! だが、俺様が来たからには、この戦いは勝利以外はありえない! 何せ俺様は! 天才エンジニアであり、FPSランカーで最高にクールなデーブ・ブラウン様だからな!!」

「デーブさん! 戻って来てくれたんですね!」

「またデブって言ったなこのクソ野郎!! 今、お前もろとも葬り去ってやるから待っていろ! この……」


 画面内で激怒するデーブを押しのけ、マイクを掴んだユリエが現れる。


「水瀬君!」

「ユ、ユリエさん!?」

「水瀬君! 早くそこから逃げなさい! そこにいる相手は、南方ダイチっていう凶悪犯よ!」

「凶悪犯!? な、何の犯人何ですか?」

「何って……上野公園連続通り魔事件のよ!」


 ユリエの予想外の言葉に、ショウは驚きを隠せなかった。

 聞き覚えの無い事件名と、どうしてそんな犯罪者がこんな所にいるのか。こんな危機的状況で突拍子もない情報達に戸惑ってしまう。


「上野公園……連続通り魔だと?」

「モエカさん、その事件を知っているんですか?」


 後ろにいるモエカは、黙って頷く。


「病院の受付のテレビでチラッとな……だが、詳細は分からんが……」


 どうやら、テレビで放映される程の事件らしい。

 そうこうしていると、巨人改め、南方ダイチはニタリと笑みを浮かべながら恐竜達を生成し続けていた。


「おい! ファッキンジャップボーイ! 邪魔だからとっとと失せろ! さもないと、そこのデカ物ごと破壊デストロイさせるぞ!」


 上野公園の話の詳細を聞きたい所ではあるが、そんな時間は無さそうである。

 例の夢から目を覚ます扉を探す為にこの場をウサテレに任せ、逃げた方がショウ達にとっては一番安全だ。

 だが南方の繰り出す、底無しの恐竜生成能力と熱戦の遠距離攻撃に爆弾を飛ばせるウサギ1羽で何とかなるとは思えなかった。

 負傷したモエカも小型恐竜なら戦えるが、一緒に逃げ続ける持久戦は到底無理であろう。

 エリなんて戦える能力すらない。

 なら、ショウ自身の能力なら……

 どんな物体や質量でも、支え、耐えることが出来るとんでもない怪力。数には対応出来ないが、掴めば一撃で相手を戦線離脱させる豪腕なら……

 対策の為に数で相手は押してくるが、逆に対策しなければならない程、強力であることの証拠である。


「皆を確実に救う方法は……これしかない」


 ショウは息を吐き――


「モエカさんは、皆の所に戻ってエリちゃんを守って下さい。ウサテレには広報から僕の援護をしてもらえないかと言ってくれませんか?」

「お前は……何をしようとして……」

「あの巨人のふところに飛び込んで倒します。この右手で……」


 最後に「お願いします」と伝えた彼は、モエカの答えも聞かずに走り出した。


「ショウ! そんな無謀な・・・・・・」


 ドンドン彼女の声と距離が離れていく。





 ショウは、南方と呼ばれた巨人に向かって走り続ける。


『クソガキ! コッチニ来ルンジャネェヨ!』


 南方の胸部から熱線が吐かれ、ショウに向かう。

 彼は熱線の軌道を読み、事前に射線上から避けていく。

 熱線を放つ為には、胸部の頭が開いて撃つ動作が必要らしい。少しばかりの準備時間があるみたいだ。

 それなら、撃つタイミングは見ていれば分かるということだった。


『来ルナ!? 来ルナ来ルナ来ルナアアアアア!?』


 南方が生み出した恐竜達が、一斉にショウへと押し寄せていく。ショウも走りながら軽々と払いのけて行く。さらに後方から幾多ものニンジンが恐竜達に突き刺さり爆発する。

 どうやら、ウサテレことデーブが何だかんだ援護してくれているようであった。


「これなら、行ける!」


 そして、南方……巨人の目の前にショウは到着した。


「さあ、追いつめたぞ! 覚悟しろ!」

『フ、フザケルナ! 止メロ……止メロオオオオオオオ!!』


 逃げ腰になる南方に、ショウは胸部の死角から一気に近づく。


「終わりだ!」

『ウアアアアアアァァァァァァァ……ナーンチャッテ☆』


 南方がペロッと舌を出した途、全身に取り付いた恐竜の頭達が一斉に口を開く。


「なっ!?」


 ショウが驚くのも束の間、幾つもの頭達から一斉に熱線が放出された。


『アーッヒャッヒャッヒャッヒャ! マンマトダマサレタナ! 別ニ胸カラダケ光線ガ出ル訳ジャネーンダヨ! 死ネヨオラアアアア!』


 辺りが光に包まれていく。

 凄まじいエネルギー量に、辺りの地面や溶岩が引きはがされ、粒子となって消えていった。



 しばらくすると、巨人を中心にクレーターのようなくぼみが出来ていた。そこには焼けただれた臭いと、焦げ茶色の地面のみが広がっている。


「……うっ」


 地面に倒れ伏せ、意識を取り戻したショウが目を開くと、誰かに抱かれたような暖かく心地の良い感触が自分の体を包み込んでいる事に気づいた。


「生きていたか……ショウ……よかった」


 聞き覚えの女性に声に、ショウは目を大きく開く。


「モエカ……さん?」


 モエカがショウを抱きかかえ、二人は向かい合うように倒れ込む。

 彼女の背中は、酷く焼けただれていた。


「モエカさん何で!?」


 ショウはゆっくりと軋む体を起き上がらせようとするが、上手く力が入らない。そんな彼の頬にモエカは優しく手を添えた。


「当然だ……私の方がお姉さん、だからな」


 彼女はゆっくりと微笑む。


「何でも一人で……やろうとするな……私は、お前の……パートナー……」


 頬を撫でる手から、ゆっくりと力が抜けていく。

 モエカは目を閉じ、やがて――


「任せた……ぞ……逃げろ……ショウ……」

「あ……ああ……」


 彼女は、眠りにつくように動かなくなった。

 ショウは最後まで彼女から目を背けることが出来ず、頬に添えられた彼女の手を無意識に握りしめる。


『オイオイ、モシカシテマダ生キテルノカヨ。本当ニゴキブリミタイナ奴ラダナ』


 呆れたように肩を竦め、横に首を振る南方。

 そして、恐竜達がショウ達を取り囲むようにワラワラと円を描くように集まりだす。


『サアーテ、コレデオシマイダ! 最後ハ仲良ク少シズツ食イ千切ッテヤルヨ! アバヨ! ヒーヒャッヒャッヒャ!』


 南方の下品な笑い声を合図に恐竜達が口を開け、ショウ達に襲い掛かる。檻の中に投げ込まれた肉に群がるように、恐竜はショウ達の身体を食い散らかそうと囲んでいった。

 遠くからエリの叫び声が微かに聞こえたが、恐竜達の鼻息と歯を噛み合わせる音で打ち消されていった。



『ヒャーッヒャッヒャッヒャ! ヒャッヒャッヒャ……ヒャッ!?』



 勝利の高笑いを決めていた南方は、突然笑いを止めた。

 恐竜達が群がる中心、ショウ達が居た所から一筋の光の柱が伸びたのだ。それと同時に三日月型の白い閃光が無作為に、乱雑に恐竜達の周りを鳥籠のように覆い尽くす。

 瞬く間に光は消えていく。

 そして、中心から恐竜達が千切りとなり、焦げ茶色の地面へ沈んでいった。


『ナ、何ガ起コッテ……』

「単純だよ。全部切ったんだ」


 群れの中心には横たわるモエカと腰に白い鞘、右手にシンプルな一本線を描いたような形状の片刃の剣を握り締める。

 そして、ショウの右手に巻かれた黒い包帯には光り輝く文字で[剣心]と刻まれていた。


『ソノ能力ハ、ソノ死ンダ娘ノ能力ダロ!? 何デ、テメェガソレヲ!?』

「分からないさ。でも……」


 ショウは剣を両手で持ち直し、南方を睨みつける。


「これは、僕の罪の証しだ。モエカさんが僕達に……生きてほしいと託してくれた力だ。それだけは分かる」


 そして彼は中段に剣を構え、肺に溜まった息を吐き出していく。

 今まで竹刀すら持ったことがないはずのショウは覇気を纏い、片足を一歩だけ踏み込む。


『何言ッテンダ! ク、クソッ!! モウ一度コレデ終ワリニ……』


 南方が言葉の途中、数多もの白い閃光が巨体を走り抜ける。

 体に付いた頭達が口を開き、全方位熱線を放出しようとしていた。

 しかし遅かったようだ。

 恐竜の頭達は、鼻の先から縦真っ二つにされていく。いつの間にか南方の後ろに回り込み、白い剣を鞘に収めるショウ。

 その瞬間、巨人の上半身と下半身の間に一筋の頭と胴体の間に一筋の閃光が走った。


『フ、フザケンナ!! コンナガキニ、アッサリトヤラレテ……』


 巨人は、徐々にズレていく体と頭を必死に押さえようとするが、体内に溜まった熱線が隙間から漏れ始め、


『ギャアアアアアアアアア!!』


 青白い光に覆われ、キノコ雲と共に巨人である南方ダイチは爆発四散した。



◇◇



 白く輝く扉が、巨人の撃破と共に彼らの目の前に現れた。これで、この悪夢から覚めることが出来る。


「清白モエカ、日本人でリストアップして! 安否を確認したいの! 場所はたぶん……」


 ウサテレの画面内が慌ただしくなっていた。

 ウサテレ自身は、動かなくなったモエカの側に座り込み、ウサギの耳を伸ばし、モエカの体へくっつけていた。


「モエカさん! 死んじゃダメ! モエカさん!」


 涙声でモエカの体を揺するエリ。モエカは眠ったように反応を返さなかった。


「僕の……せいだ」


 巨人を倒したショウは、この結末に呆然と立ち尽くした。


「僕のせいで……モエカさんが」


 ショウは自分を責める。自分の浅はかな行為で犠牲者が出てしまったのだ。

 彼は、責任に押しつぶされそうになる。

 自分のせいで、

 自分のせいで……

 自分の……


・・・・・・


・・・


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