第6話 刀と剣士のマウンテン

「なるほど、やはりそうか! 君は、水瀬エリのお兄さんなんだな! エリに兄妹が居たなんて初耳だ。ずっと一人っ子だと思っていたぞ!」

「えっと……エリちゃんは、僕のことを話していなかったんですか……」

「うむ、あまり自分のことは話さない寡黙な子だからな。まあ、またそこが可愛い所でもある!」


 草を掻き分けながら歩き進んでいたモエカが、納得したように頷いた。後ろを着いくショウも歩きながらモエカという人物が何となく分かっていく。ついでに清白モエカの年齢は十八歳と、ショウより三つ年上の高校生だそうだ。


「清白さんは、エリちゃんが通ってる剣道道場の先輩なんですね。いつも妹がお世話になっております」

「いやいや、お世話なんてとんでもない! 一人っ子の私にとって、道場内でエリは妹分みたいなものでな。いつも可愛がらせて貰ってる。それにいつもエリには驚かされてばかりだ」

「驚かされている? 何か妹が迷惑でも!?」

「違う違うそうではない! 彼女はとても熱心に練習を取り組んでいる。他の門下生や師範代も一目置く程にな。それに……」


 モエカは、左腕に巻かれた黒い包帯を擦る。


「エリには羨ましいぐらいの才能がある。同年代の子達……いや、中学生達では太刀打ち出来ない程に強い……」

「そ、そんなにですか?」

「ああ、本当だ。私や大人達も油断していたら負けるかもしれないぐらいだ。神童とか武道の神と書いて武神ぶじんのエリなんてアダ名まで付けられているぐらいだ」


 ショウは複雑な表情を浮かべる。

 昔からエリが喧嘩に滅法強いことは知っていた。ショウは昔近くの公園で喧嘩をしたことあるが、真っ向勝負でやられてしまったのだ。原因は忘れてしまったがショウはそのことを少し引きずっている。

 だがモエカの話を聞いて、エリの強さがある種の才能的な物であることを聞き、なるほどと言った妙な納得感を得られた。

 ショウがあまり思い出したくない思い出に浸っていると、モエカは小さな溜め息を漏らし自身の左腕のを見つめる。


「私も早く復帰しなくては、エリに追い抜かされてしまう。この夢の中みたいに直ってくれないものか……」

「……」


 先ほどから左腕の黒い包帯を異様に気にしているモエカに、ショウは違和感を覚える。そして、モエカ自身ここが夢の世界であることに気付いている様子も気になっていた。

 出会ってまだ数分しか経っていない人物に、いろいろ訪ねて良いものなのかと彼は少し躊躇する。しかし、好奇心には勝てなかったショウは、しばらく考えた後にモエカに質問した。


「清白さん」

「ん?」

「清白さんは、ここが夢の中であることが分かるんですか?」


 ショウの質問に、モエカは笑顔を作り頷く。


「ああ、何故かここが夢の中だってことが分かる。理由はよく分からないんだけどな。君も分かるのか?」

「は、はい、僕も理由とかは分からないのですが、ここが夢の世界で変な力が使えるようになっていることが何故か分かるんです」

「変な力?」


 モエカが聞き返すと、今度はショウが頷き黒い包帯の巻かれた右手を見せる。すると、右手がうっすらと光の文字が浮かび[剛腕]と二文字の漢字が浮かび上がる。


「僕の手にこの文字が浮かび上がって以来、とてつもない怪力が出せるようになりました。重さを全く感じないので何でも持ち上げられるし、投げ飛ばせるようになったんです」

「ほお、それは凄いな! そう言えば、私が君を助けに行く前にも、すでに一匹倒していたな。やるではないか水瀬兄(あに)!」

(み、水瀬兄か……)


 肩をポンポン叩かれる。どうせ夢の中の出来事なんだよなと思いつつも、女性に誉められて満更でもないショウであった。


「私も君程の凄い物ではないが、変わった力が使えるみたいだぞ」

「え? 清白さんも?」


 彼が聞き返すと、先ほど恐竜達を蹴散らした腰に差してある刀を取り出す。そして、左腕に巻かれた黒い包帯も光を発し、[剣心]という文字が浮かび上がる。まるでショウの右手と同じような力に思えた。





「……剣心けんしん?」

「ああ、剣心けんしんで読み方はあってるみたいだ。まあ、読み方は君が好きに呼んでくれれば良いんだがな」


 すると、モエカは持っていた刀を鞘から抜き取って見せる。


「この字が浮かび上がっていると、凄く体が軽いんだ。この刀も夢の中なのかとても軽く何でも切れるような気がしてくる。道場で教わっていないような剣技まで扱えるようになった。怪我をしていた自分がまるで嘘のようだ」

「怪我?」


 モエカの発言に、ショウは疑問符を投げ込む。そうすると彼女は黒い包帯の巻かれた左腕を前に出す。


「あー、実はな……恥ずかしい話なんだが、現実の私は学校の階段から転げ落ちてしまって骨折しているんだ。丁度この黒い包帯の部分をな」

「えっ……その包帯の所って怪我をしているんですか?」

「そうだ、女友達が階段から落ちそうになったのを助けたと言えば聞こえは良いが、スポーツをしている身分で受け身も取らずにいたのが悪かったんだ。精進が足りなかったということだな! はっはっは……」


 笑っているモエカだが、どことなく悲しそうな表情を見せた。


「あの、その……お大事にして下さい」

「……大丈夫だ。もう退院直後だから安心してくれ、水瀬兄よ。それにこうして夢の中でちゃんと動き回れている。早く体を動かして復帰したいという願望が夢に出ているのかもしれないな!」


 元気良くストレッチするモエカ。

 そして、彼女もショウに訪ねる。


「君のその右手に巻かれた包帯も、怪我をしたのか?」

「こ、これですか?」


 ショウは自分の右手を改めて見てみる。


「いえ……僕の右手は、怪我をしている訳ではありませんよ。現実ではピンピンしています」


 ほほう、とモエカは面白そうなことを聞いたと腕を組む。


「中々興味深い話になってきたな……この黒い包帯といい、この奇妙な夢といい、とても不思議だ……とても、これが夢だとは思えないな」

「はい、実はそうなんです」


 ショウは探りを入れていたが、モエカの人柄を何となく察し、意を決して彼女に打ち明けた


「清白さん。実は、今みたいな不思議な体験をするのは、僕自身二回目なんです」

「二回目?」

「そうです。こうして夢の中で、他の人と話をすることがです。この前は妹のエリちゃんと同じ夢を見て、今見ている夢の中みたいに会話をして記憶も共有していました。エリちゃんは、うろ覚えだって言っていましたが……」

「ふむ……」


 しばらくお互い沈黙し続けながら歩いていると、モエカの方から口を開いた。


「確かに、おかしな状況だな。私も夢の中でこんなに意識をハッキリ持っていることなんて初めてかもしれない」

「そうですよね! やっぱり、おかしいですよね! こんな状況普通じゃないですよね!」

「ああ、何かちょっと怖くなってきた。面白い状況でもあるが、夢を覚ます方法も早く探さないとな」


 共感してもらえる人物に出会えて、ショウは嬉しくなる。彼はモエカという人物に好感を持ち始めた。そして、少し得意げになったショウは胸を張り、自分の知っている情報を提供しようとする。


「夢から覚める方法なら知ってますよ! それは、どこかにある扉……」

「よし、任せろ!」


 ショウの話を聞かず、唐突に彼の頬を抓り上げるモエカ。


「いててててて!?」


 当然の事ながら、ショウは悲鳴を上げる。しばらく抓り上げた後に手を離すモエカだが、悪気の欠片も感じていない笑顔を彼に向ける。


「どうだ! 目が覚めたか、水瀬兄!」

「いきなり何するんですか!」

「え? いや、こうすれば夢が覚めると思ったんだが……」

「違いますよ! 扉があるんです! 夢から出る為の扉です! 痛い思いをしてもこの夢は覚めたりしないみたいなんですよ!」

「そ、そうだったのか……すまなかった。痛かっただろ?」


 申し訳なさそうに、モエカは彼の頬を優しく撫でる。暖かく柔らかい異性の手に、思わずショウは飛び退いてしまう。


「だ、大丈夫ですから!」

「そ、そうか?」


 彼は赤面を直す為に顔を拭おうとするが、モエカを嫌っていると勘違いされるのではという考えに至る。やり場を無くした頬の熱は彼女からそっぽを向いて隠すことにした。


「と、とにかく! 扉を探して夢から覚める手段を先に手に入れましょう! 僕自身は、もう少しこの夢世界を調べたい気持ちもありますが、まずはそれからです。しばらくは、扉を探すため一緒に行動したいのですが、良いですか清白さん?」

「うむ! 分かった! これからよろしく頼むぞ! 水瀬兄……いや……」


 そっぽを向いていたショウの肩をモエカは掴み、くるりといとも容易く体を反転させ、無理矢理お互いに向かい合う。


「え!? な、なん……」


 不意を突かれたとはいえ、簡単に自分の体を操作され動揺するショウに対しモエカは両手でガシッと彼の両肩を掴む。


「これから私達は背中を預け合うパートナーだ。そこで提案だ。これからはお互い下の名で呼び合おう」

「へ? あ、ああ……僕は全然かまいませんけど」


 すると、モエカはニッと笑う。


「そうか! なら、これからよろしくな、ショウ!」

「は、はい! よろしくお願いします! 清白さん!」

「下の名だと言っただろ!」

「は、はい! え、えーっとモ、モエカ……さん」

「さんは、いらない! 呼び捨てにしろ!」

「い、いや、それはちょっと……僕、年下なんで……」

「そんなもの気にするな! 同じ十代ではないか! 四捨五入してしまえば良いのさ! さあ行こうではないか、我が相棒!」


 モエカにガシッと肩を組まれるショウ。右に左に揺れながら二人は前進していくが、モエカの胸も彼の二の腕に押し当たり、悶々しながら一行は先へ進んでいくのであった。



◇◇



 二人はズンズンと草を掻き分けて行くと、景色が開けた場所にたどり着く。足下は崖が広がっており、その下から地平線にかけてさらに密林が広がっている。快晴の空に大きな雲以外にも、何やらデカい鳥のような生き物達も羽ばたいていた。


「凄い景色ですね!」

「ああ! これは壮大な絶景だな!」


 今まで湿度の高くジメジメした所にいた二人は、日差しが強いものの吹き抜けていく風が、汗ばんだシャツをひんやりと冷たくしてくれた。


「それにしても、これは本当に夢なのか? こんなにも景色が綺麗だとか、風が涼しいなんて初めてだ。それも夢の中でってことでな」

「……」


 そう、リアル過ぎる。

 ここは夢の中だということは、何故か理解出来る。いや、理解させられているのかもしれない。

 景色が綺麗だとか、

 風が涼しいだとか、

 頬が痛いだとか、

 こんなにも現実じみて感じることなんて有り得るのだろうか?

 ショウは、景色を眺めるモエカの横顔を見る。

 整った顔立ちに意志の強そうな目、口元はどことなく笑みを浮かべた自信に満ちあふれたような表情を浮かべている。

 こうして、先ほど知り合った者同士が、同じ夢の中で意志を共有し合うのを実感するのも不思議な感覚だった。どこまで考えても、不思議なことばかりである。


「……ん? あれは何だ?」


 景色を眺めていたモエカは指さす。

 遠く――崖下の森林から土煙が舞っていた。土煙はやがて草木をも撒き散らしながら、徐々に近づいてくる。


「あ……あれは……」


 徐々に近づくそれを確認し始め、ショウは目を凝らした。

 黒い体表をシナらせ、地響きを鳴らして走る大型恐竜ティラノサウルスだ。ショウがそう思ったのも束の間、ティラノの前面が見え始める。

 すると、彼は驚愕した。

 ティラノの顔に当たる部分、前面には図鑑で見たような小さな目に大きな口をした爬虫類の形をしていなかった。

 人だ。

 大きな人の頭が、無理矢理くっつけられたようによだれを撒きながら大きな口を開き走っていた。

 そして、その顔は……以前の夢に出て来た黒竜の顔と瓜二つであった。


「なんでアイツが……」


 彼は寒気を覚え硬直する。しかし、横にいたモエカは声を上げる。


「アレは!? ショウ! デカいアイツに追いかけられているの、もしかしてエリじゃないか!?」

「え!? エリちゃん!?」


 さらに彼が目を凝らす。人面黒ティラノの前方では、ボロボロの服を着ているが黒く長いツインテールと、目に巻かれた黒い包帯が後ろへと靡いていた。

 どうやら、何かに掴まりながら、もの凄い勢いで移動しているみたいに見える。それを確認すると、また以前の夢に出て来たブラウン管から体と耳が生えたウサギであった。

 エリに耳を捕まれたウサギは、自動二輪車バイクの如く草木を避けながらこちらへと走ってきていた。


「テレビうさぎ……っと、デブさんだったっけ?」

「何を言っているんだショウ! 早く助けに行かなくては!」

「助けに行きたいけど、この崖の高さをどうやっ……」


 落ちたら一溜まりもない、目眩がする崖の高さを指摘しようとしたショウは、ふと自分の黒い包帯の巻かれた右手に目を向けた。


「……行けるかもしれない」


 彼は何食わぬ顔で、徐に見ているだけで吸い込まれそうな崖の下へとゆっくり下り始める。


「ショ、ショウ? だ、大丈夫か?」


 意気込んでいたモエカも、唐突なショウの行動に驚く。そんな反応を知ってか知らずか、彼は軽々と片手だけの力で自分の体を持ち上げ、崖の上へと戻った。


「大丈夫です。この崖なら二人で降りれるかもしれません」

「ほ、本当か? いったいどうやって?」

「僕がモエカさんをおぶって、一緒にこの崖を降りるんですよ」


 ショウは、非現実的なことをモエカの前で言い切った。

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