恐竜世界編

夢パート

第5話 緑葉断崖ダイナソー

「んん……」


 ショウは、いつの間にか身体が横になっていたことに気づく。ゆっくりと身体を起き上がらせ、地面に手をついた。手で触った地面の感触はひんやりとして少し湿っており、握りしめるとまるで土のように握った分だけその湿った土と草のように絡んでくる何かを持つことが出来る。

 空気も、やたら絡みつくような蒸し暑さを顔から感じ始める。


「……ん?」


 ショウは寝ぼけ眼でぼんやりと自分の何かを見てみる。すると手の平の上に泥に近い程柔らかい焦げ茶色の土、緑の葉っぱに黄色い根を剥き出しにした雑草、ついでに何かの幼虫であろう小さな芋虫がウネウネと動いていた。


「うわっ!?」


 とっさに持っていた土を捨て、手に付いた土も払いのける。ついでに服や頭などにこびり付いた土を払い落とそうとした時、自分の服装に気づいた。いつもの部屋着として着ているTシャツが所々解れていたり、破けていたり、染みが出来ていたりと、着古したと言うレベルではない程ボロボロになっていた。

 ついでに、相も変わらず右手には黒い包帯が巻かれている。


「これは……また夢を見ているのか?」


 またしても彼は、自分が夢の中に居るという自覚を持った。

 恐る恐る立ち上がり辺りを伺うと、草木が多い茂ったツタが至る所に垂れているのが目に入る。大きく色艶やかな花が羽虫達をはべらせてもいた。

 遠くの方からは、草木が擦れる音や猿のような生物の威嚇をしているような鳴き声が木霊してくる。

 一言で表すなら、ここは密林だ。


「いったい今度は何の夢なんだよ……というか、いつの間に僕は寝ていたんだ?」


 ズボンに付いた土を払い終わり、グッと背筋を伸ばす。


「それにしても、また僕は夢を見ていると自覚している……これは、本格的に何か不思議なことが起きているんじゃないか?」


 ショウは顎に手を当てながら悩んではいるが、内心ワクワクしていた。日々学校や勉強に勤しんでいた詰まらない日常を送っていた自分が、今現在不思議な現象に対面しているのだと自覚を持っているからだ。マンガやゲームの中で展開されるファンタジーな世界や超常現象がまさか自分の目の前に起こり得るとは彼自身思っていなかったからだ。

 たとえ、これが夢の中だとしても、夢の中に居ると認識出来ていることを彼は喜びに感じていた。

 口元を緩めてしまう夢見る少年は、ふと気付く。


「あれ? そう言えばエリちゃんは?」


 この前のパターンなら、近くに妹のエリも居たのだが、今回は彼女が見当たらない。少し辺りの草をかき分けて見るも、彼女のトレードマークのロングツインテールらしき陰すら見当たらなかった。

 そうなると、少年はまた改めて考え始める。


「うーん……この夢の事象……シンクロニティとは関係なかったのか?」


 意味のある偶然の一致。

 彼は自分が夢である自覚を持ったことと、妹と同じ夢を見た上にお互いが記憶を共有しコミュニケーションを取っていたという偶然……奇跡と言っても過言ではない事象を探求しようとしていた。

 だがその最中、肝心の妹がいないことに彼は少し困ってしまう。


「と言うことは……この前の夢は、たまたま同じ夢を見たってことなのか? いや、それにしても話の内容が噛み合い過ぎていたし、今こうして僕は、自分自身が夢を見ている自覚がある……」


 頭の中で、いろいろな可能性を浮かび上がらせては消去法で潰していく。その中で、ショウは最も可能性の高い事実が考えついた。


「とりあえず、ここは僕が見ている夢の中であるということにしよう。だとしたらこの前の現象は、僕の夢の中にエリちゃんを招き入れたということなのか?」


 彼の考えがドンドン膨らんでいく。


「でも、何でだ? どうやって招き入れたんだ……まさか!?」


 考察はやがて妄想へ変わる。


「まさか、僕にそういう特殊な力が宿ったみたいな!? 夢を操る力みたいな!? これは、新たな人類における大発見!? いや、もしかしたらもしかして、ここから能力者バトルみたいな展開になったりするのか!? どうしようワクワクしてきた! とりあえず、自分がどういう能力を持っているのか確かめ……」


 一人密林の中で興奮するショウだが、突然近くの茂みが大きく揺れる。

 風の揺れではなく、明らかに自身の存在を主張するように揺れた。


「だ、誰かいるのか!?」


 妄想にフケりかけていた少年は、夢の中だが現実に戻される。気を抜いていた分、一気に緊張感が高まった。

 やがて、茂みの中からそれが姿を現す。背が彼よりも頭一つ分高く、茶色く艶やかにテカる肌に二足歩行でしっかり歩き、小さい前足と瞳に比べて大きな口、口にはサメのように何本もの鋭い牙を生やした生物が、息をゆっくり漏らしながら現れた。

 その姿を見たショウは、非常に見覚えのある存在であることに気付く。


「きょ、恐竜!?」


 彼は後ずさりしてしまう。

 それは、図鑑などで出てくる恐竜の姿だった。そして、その目の前にいる恐竜の種類を彼は知っていた。

 ラプトルという小型の肉食恐竜だ。


「これは、確かヴェロキラプトル……い、いやでも、実際はもっと背が低いはずだ……しかも、今は恐竜に体毛が生えているっていうのが主流になって……」


 なんてことを言っていると、ラプトルは大きな口を開き、ゆっくりとショウの元へと近づいていく。明らかに襲いかかろうとしていることが見て取れる。

 ショウも話す余裕がなくなり、ゆっくりと後ずさりするが……


 ドン


 と、彼の背後に何かがぶつかった。





「はっ……」


 緊張していた拍子で驚いてしまったショウは、手で後ろの存在を感触で確かめ目視した。そして後悔する。それはただそこに佇んでいた木であったことに……

 彼の一瞬の隙を見逃さなかったラプトルは、一気に間合いを詰め寄り彼の二の腕を小さい前足で掴み取る。


「し、しまっ……」


 ショウは勢い良く押し倒され、思いっきり地面に背中を叩きつけられる。


「うっ!?」


 肺の空気が一気に口から吐き出される。痛みが背中からジーンと広がっていくが、それに構っている暇なんてなかった。

 マウントポジションを取ったラプトルは、勝ち取ったとばかりに一鳴き上げ、彼の瞳を見つめ唾液を垂らしながら大きな口を開く。


「う、うわあああああああ!」


 ショウは何とか足掻こうとするが、前足に生えた爪は彼の腕の肉に食い込み離そうとしない。今度は大口を彼の首元に近づけていく。息の根を止めようとしているのだ。


「クソ! 離せ! 離せ!!」


 死の恐怖に直面したその時だった。

 彼の右腕の包帯が光り輝く。

 そして、右腕に[剛腕]という文字が浮かび上がった。


「これは!」


 彼は思い出す。そう言えば、この前の夢の中でも同じことが起きていたことを


「離せ!」


 右腕に力を入れると、まるで何にも束縛されていないかのように腕が持ち上がる。すぐさま右腕はラプトルの首を掴んだ。


「退けええええええ!」


 掴んだ首を横へと投げ飛ばすと、玩具のようにラプトルは吹き飛ばされる。そのまま近くにあった木に体を叩きつけられゴムのように体をしならせる。断末魔を上げた後に地面へと崩れ落ちたラプトルはピクピクと痙攣し、やがて動かなくなった。


「ハァ……ハァ……」


 命の危機を脱したショウは、息を整える。襲われた恐怖心と生き物を殺してしまったかもしれないという感覚に、心の整理をつけようと立ち上がる。

 だが、これで終わりではなかった。


「ッ!?」


 茂みがまた大きく揺れる。そしてすぐさま四つの眼孔がんこうが現れる。それは全く形状が同じ恐竜ラプトルが二匹飛び出してきたのだ。


「うわっ!?」


 不意を突かれたショウは、何の体制も取れなかった。



「少年!! 後ろに下がれ!!」



 彼の後ろから、良く通った女性の声が聞こえた。気が動転していたショウもその声が耳に入り、何とか一歩半程後ろに下がれた。

 すると、後ろから人一人分の陰が横切る。

 綺麗な黒髪を後ろ手にまとめ、さやを腰に携え、左腕に黒い包帯を巻いた女の人であった。

 彼女は姿勢を低くし、恐竜達の懐に飛び込んでいく。

 そして、鞘の中に収まった刀を掴み。


「セイヤッ!!」


 肺の中の空気を一気に抜き取るような掛け声と銀色の軌道と共に、刀を横一文字に抜き払う。

 飛びかかった恐竜達は彼女を飛び越え、ショウへと襲いかかろうとするが――


「――ッ!?」


 鳴き声にもならない声を漏らし、二匹とも胴に一線の閃光が走る。恐竜達はスパンという音と同時に、上半身と下半身が綺麗に切断され、人形が二つに割れてしまったかのようにボトボトとショウの後ろを転がっていった。



◇◇



 彼女は刀を納め、切り捨てた恐竜を見つめる。辺りには血液などが飛び散っておらず、恐竜からも血が噴き出してはいない。


「……やはり、ここはおかしい。切った手応えは感じるのに、血がまったく付かない……腕もちゃんと動くし、ここは夢なのか?」


 ショウを助けた綺麗な黒髪の女は、刀の刃をじっくり眺めた後、ゆっくりと鞘にしまった。


「あの……」


 切られた恐竜達はあまり見ないようにして、ショウは彼女に話しかける。すると、彼女もショウの掛け声に気付く。


「ああ! すまない、忘れていた! 怪我はないか少年!」


 すぐさま髪と鞘を揺らし、彼に近づいていく。

 その時、ショウはあることに気付いた。

 助けてくれた彼女は夏用のセーラー服を着ており、ショウの物と同じくボロボロになっており穴も開いている。

 泥だらけで所々破れた制服からは、スリムでしなやかな体の割に片手では収まらない程のブラジャーが見え隠れし、スカートもこれまた薄汚れている上に、健康的なふとももがチラチラと見せつけてくる。

 健全な青少年であるショウには、そのチラリズムが少々刺激的に感じてしまい、頬を赤く染めつつ彼女の顔をまじまじと見た。


「さっきは、すまない。恐竜達の鳴き声は聞こえていたんだが、場所がイマイチ分からなくてな。助けに行くのが遅くなってしまったんだ。本当に大丈夫か? 怪我はないか?」

「か、顔が近い!?」


 ズイズイと、彼女もショウの顔を心配そうに見つめるが、あと十センチ程で唇同士が触れ合ってしまうのではと思えるほど顔を覗き込んでくる。綺麗で整った顔立ちをしていることもあり、ショウは恥ずかしさのあまり直視出来ず、目線を下げるしかなかった。

 だが、それも罠であった。

 彼女の方がショウよりも背が少し高く、目線を合わせる為、前かがみになる。その時にポロシャツ襟から、健康的な肌色の谷間がガッチリ見える。


「あ、あの! 怪我はないんで大丈夫です!」


 ショウは己の理性で男の欲求を抑え、勢い良く彼女から距離を取る。


「お! その機敏な動きなら問題なさそうだな!」


 彼の気持ちも知らず笑顔を浮かべる彼女は、すぐさま背を向ける。


「よし! とにかくここは危ない。もう少し視界を確保しやすい場所へ移動しよう。着いてこい少年!」

「ちょっと待って下さい!」


 無理矢理連れて行こうと手を引く彼女に、ショウは訪ねた。


「アナタの名前は? アナタは何者ですか!」

「ん? 私の名前か?」


 嫌な顔を見せず、寧ろ自信を感じさせる笑みで彼女は答える。


「名乗る程の者ではないが、私の名前は清白すずしろモエカだ。君の名は?」


 今度はモエカが聞き返す。それに対して、彼は一つ頷き……


「水瀬ショウです」


 と、正直に答えた。

 モエカは、ふと目を少しばかり大きく見開く。


「水瀬……どこかで聞き覚えがあるな……」

「え?」


 彼女は考える素振りを見せるが、首を横に振って真っ直ぐショウを見る。


「とにかく、今はここから離れよう。移動しながらでも話そうか」

「は、はい」


 彼等は恐竜達の骸を残し、この場から立ち去った。

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