現実パート

第4話 現実世界のサーガ

 水瀬ショウの自宅は一軒家の二階建てとなっており、一階はリビングや台所や洗面所、さらに両親の寝室がある。二階が自室とエリの寝室、さらに物置部屋があった。

 ショウが自室から出て、一階のリビングへと降りていくと食器が重なり合う音と、聞き覚えのある電子音がそれぞれ聞こえてくる。

 リビングの戸を開けると、エアコンで丁度良い涼しさになった空気が漏れだし、いつも見ている台所に向かう母親の後ろ姿と居間の所でテレビを独占しテレビゲームにいそしんでいるエリの後ろ姿があった。


「……」


 エリはゲームに集中し、ショウの視線に気づかない。彼女の目に黒い包帯が巻かれている様子も無く、長いツインテールを垂らしたいつも通りのエリの姿があった。

 その姿にショウは、安堵の溜め息を漏らす。


「……良かったぁ」

「何が良かったの?」


 後ろから母親に声をかけられる。振り向くと母親がエプロンで手を拭きながら食器をしまっていた。


「おはよう、お母さん」

「おはようじゃないでしょ。もう十二時よ」


 時間を確認してみると確かに十二時を少し過ぎていた。


「夏休みだからって寝過ぎよ。夜更かししてるんじゃないでしょうね?」

「してないよ」

「本当に? それとちゃんと勉強やってるの?」

「や、やってるよ」

「あまり遊んでばっかりいると、後で自分の首を絞めることになるんだからちゃんとしなさいよ。分かった?」

「……はい」


 うるさいなと思いつつ、食卓の自席に座る。目の前には朝から用意して貰っていたであろう目玉焼きやトーストが並んでおり、これがショウの昼食になる。


「お母さん、これから出かけてくるから洗い物やっておいてね」

「分かった。やっとくよ」


 エプロンを脱ぎつつ自室に戻ろうとする母。母が部屋から出ようとした所で、ゲームに没頭していたエリに目を向けた。


「エリも、ちゃんと勉強しなさいよ」

「んー」


 やる気の欠片も感じさせない返事を聞き、納得したのか母親は部屋から出ていった。





 昼食を食べ終えたショウは、食卓の椅子からボーッとエリが没頭しているテレビゲームを眺める。ゲームの内容はRPGロールプレイングゲームで、主人公とその御一行が剣や魔法を用いて世界を混乱に陥れようとしている悪役を成敗する話だ。

 エリは、この手の正義の味方が戦うゲームはジャンル問わず、好んで遊んでいる。


「エリちゃん」

「ん?」

「そのゲーム、面白い?」

「んー」


 面白いらしい。集中している為、口すら動かせない程だそうだ。

 しかし、ショウは少しだけ気にかかることがあった。

 それは、エリがかなり古いゲームを遊んでいたことだ。遊んでいるゲームのハードは、随分と埃を被ったハードであった為、物置から引っ張り出してきた物を今更になってまた遊んでいるのだ。

 だが、言う程特別なことではない。時々昔のゲームをやりたくなる衝動は誰にでもある。小学生のエリは、あまりにも暇を持て余していて、無性にやりたくなったのかもしれない。


「……」


 そんなことを脱力しながら考えていたショウだが、画面をちゃんと覗いた時にある物が目に入った。それは、主人公達と戦う黒い生物が画面にデカデカと出て来たのだ。

 画質は少し荒いものの、その形状は竜のようだった。

 まさに、黒竜である。

 エリが小さく姿勢を整え、


「……よし」


 気合いを入れ直すように息を漏らし、黒竜と戦い始めた。

 あの男の顔を――

 ショウは大きな既視感が流れ込んでくる。思わず立ち上がり、エリの元へと近づいた。


「ねぇ、エリちゃん……」

「ん?」


 夢の光景と現状の類似に、思わずエリにショウは訪ねようとした。しかし、よくよく考えると偶然なのかもしれない。と、ショウは迷い……


「何で今更そんな古いゲームをやってるの?」


 回りくどく聞いてみる。「んー……」と極限まで口を動かさないエリは考えているような唸り声を上げる。やがて息が続かなくなったようで、間を置いた彼女はチラリとショウへと目を向ける。眠そうな黒いジト目を彼女は見せ、ようやく重い口を開いた。


「今朝、夢の中に黒いドラゴンが出て来て追い回されたから、リベンジしようと思った。このゲーム、ドラゴンが出てくる……」

「それって!」


 ショウは、思わず席から立ち上がった。



**



 部屋からタブレットを持ち出し、リビングに戻ってくる。エリと一緒にタブレットを覗き込み、あることを検索した。

 検索内容は、違う人物達が同じ夢を見る現象についてだ。

 そして、ある言葉が検索によって引っかかった。


「シンクロニティ……だって」

「しんくろにてぃ?」


 真剣な眼差しと眠そうな眼差しで、上から画面を覗く兄妹。画面を指で弾き、スクロールさせて概要をショウは見てみる。


「お兄、しんくろにてぃって何? 私達が同じ夢を見たことと、何か関係あるの?」

「えっと、ちょっと待っててね……おお! このシンクロニティって、あのユングさんが提唱したやつなんだ! ……あ、でも夢に関しては事象の一部分で、大本の意味としては意味のある偶然の一致って意味らしいよ!」

「?」


 少し興奮気味の兄に、口を半開きにする妹。妹は兄に問う。


「ユングって誰?」

「ユングさんっていうのは、昔の有名な心理学者だよ。カール・グスタフ・ユング。聞いたことない?」

「うん」


 エリが頷くと、ショウは嬉しそうに話し始めた。


「無意識とか集合的無意識、深層心理とかを研究していた凄い人だよ! 夢に関しての分析もしていて、夢の分析で有名なフロイトさんとも仲が良かったんだ。だけど宗教的な考えを持っていて……」

「……」

「あー……ごめん、つまり有名な心理学者だよ」


 エリの口は、また半開きに戻ってしまう。

 気を取り直して、画面を見せながら話を進める。


「話を戻すけど僕達が見た同じ夢、しかもどうやら僕達は夢の中で接触したみたいだ。綺麗な平原に空飛ぶ動物達、それに黒い竜と頭に昔のテレビ画面がくっついたウサギ……」

「んー……あんまり覚えてない。テレビの画面にデブっていう人が映ってたのは覚えてるよ」

「えーっと……確かにそんな名前の人だったような……まあ、いいや。それと、よく分からないけど、そこをくぐれば夢から覚めると思った扉も出て来てたと思う。そこから光に包まれて、目が覚めた」

「うーん……そうだったような気がする。とにかく怖い夢だった」


 エリは目を細め、頭を捻る。

 同時にショウは、少し不安を覚える。


「何で僕達は同じ夢を見たのかっていうのも気になるけど、共有した上で、どうしてこんなにも夢の出来事を覚えているのかって所が気になるよね」

「私は、うろ覚えだよ」

「いや、うろ覚えでも話を聞いていると共通点が多過ぎる。これは絶対違和感を持つべき現象だよ!」

「えー……そうなのかな?」


 ショウは、夢の仕組みについてタブレットで検索を始めた。


「基本的に夢は、確か脳の記憶整理を行う時に映像イメージがランダムに再生されて形成されるんだよ。だから覚えていたとしてもすぐ忘れていって、曖昧になっていくんだ」

「そうなの?」

「まあ、そうじゃない人もいるかもしれないけど、基本的にそうらしいんだ。でも、僕はまるでさっきまで起こっていたことみたいに詳しく覚えている。エリちゃんだって、うろ覚えかもしれないけど、時間が経っているのに、結構覚えているじゃないか」


 ショウの言葉に、エリは考え込み首を傾げる。


「……やっぱり、お兄の考え過ぎじゃないかな? たまたまじゃない?」

「たまたまにしては、同じ夢を見ることと、夢の内容を詳しく覚えている……しかも二人とも鮮明に、なんてこと中々起こらないよ。たまたまにしてもどれだけの低確率なのかってことさ! そこで考えるべきのことが、さっき言ったシンクロニティって奴さ」


 検索結果のシンクロニティについての分かりやすい記事を見つけ、ショウはエリの目の前に掲げた。


「シンクロニティっていうのは、意味のある偶然の一致……因果性って意味らしいんだ。ここの記事には、夢以外にも数字的一致やテレパシーとかあるけど、僕達の体験はまさに何か予兆なんじゃないかなって思うんだ」

「予兆?」

「そう! これから何かとんでもないことになるのではないかっていう不吉の予兆だよ! いつもと変わらない平凡な日常を送っている僕達の目の前に、何か不思議な現象が舞い降りてくるみたいな!」

「はぁ……」


 興奮気味のショウに、溜め息を吐いてツインテールと共に肩をすくめるエリ。


「お兄って、そういうの大好きだよね。すぐにそういうオカルト話で、周りが見えなくなるから女の子にモテないんだよ」

「がはっ!?」


 小学生の心ない一言は、思春期の中学生の心を抉り取った。


「確かに面白い話だと思うけど夢は夢、そんなこと現実じゃ起こらないよ。お兄もそんな子供みたいなことを他の子達に言っちゃダメだよ。妹の私の前だったからまだしも、同い年の女の子の前で言ったらドン引きだよ」


 エリはやれやれと溜め息を漏らすが、その態度にショウはスイッチが入ったように前のめりになる。


「いやいやいやいや! 確かに現実じゃそんなオカルトやファンタジーみたいなことは起こらないことぐらい分かってるよ! でも、その発言は夢がないよ! エリちゃんだってダラダラと過ごす日常だけじゃ詰まらないって思うだろ? UFOとか幽霊とか居て欲しいって思うだろ? それにエリちゃんだって同じ夢を見たじゃないか! それが確固たる覆すことの出来ない証明で……」

「もう! お兄、声を大きくしないでよ……私も同じ夢を見て不思議だと思うけど、何か関係してても面白いと思うけど……」


 首を横に振るエリだが、ふと彼女は表情を緩める。


「私は……それでも、詰まらない日常の方が好き」

「え……エリちゃんは、幽霊とか居なくていいの?」

「うん・・・・・・お母さんとか、お父さんとか……お兄が居ればいいよ」

「……」


 どことなく、悲しい表情を見せるエリ。それに対して、ショウの表情が緩む。

 そして、彼は妹の頭に手の平を置き優しく撫でる。


「ありがとう、エリちゃん……家族思いで僕は嬉しいよ! 分かった、この不思議現象のこと僕一人で真実を突き止めて、解決して見せるよ!」

「ちょっと! 私、子供じゃないんだから、気安く髪を触らないでくれる!」

「えぇ……」


 エリは、兄の手を無慈悲に払い退ける。

 兄妹が家族愛を深めたところで、ショウはリビングで夢について調べることにし、エリは飽きるまでゲームを続けた。

 夏休みの暇な時間をこれでもかと堪能する兄妹達であった。



・・・・・・


・・・


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