農協おくりびと (88)TPPのデメリット 

「TPPの、デメリットは?」


 問いかけるちひろに、「まぁ座れ」と山崎が手招きする。

手には、先日買ってもらったものと同じ、プレミアムの缶コーヒーが握られている。

「10時休みだ」と、ちひろへ手渡す。


 「一番目のデメリットは、海外から安価になった商品が乱入することにより、

 デフレを引き起こす可能性がある。

 ふたつ目は関税の撤廃により、アメリカなどから安い農作物が入って来ることだ。

 特に米の流入は日本の農業に、大きなダメージを与えることになる。

 それだけじゃない。

 食品添加物や遺伝子組み換え食品や、残留農薬の農産物が規制緩和のため、

 ぞくぞくと日本へ入ってきて、食の安全が脅かされる。

 みっつ目は、医療の問題だ。

 医療保険の自由化と混合診療が解禁されることにより、国保制度が圧迫されていく。

 医療格差が、国民の中にひろがっていく危険性が出てきた」


 「凄いですねぇ!。まるで専門家のような知識です、あなたって!」


 「馬鹿やろう、このくらいはあたりまえだろう。

 TPPの導入を受けて農林水産省は、農業に関係する予算を

 3兆円増やす必要があると、はっきり断言した。

 同じように雇用が340万人減り、食料自給率が現在の40%から13%に

 ダウンするという試算も明らかにした」


 「食料自給率が、13%までダウンしてしまうの!

 そんなことになったら、日本の農業が壊滅状態になっちゃうじゃないの。

 嘘でしょう。政府は農家を守るためにがんばっていると、大きな声で言っています。

 主要5品目を守るため最後まで、踏ん張ったと報告しているわ」


 「政府は環太平洋のTPPに加盟することで、国内の農林水産業の生産額が、

 3兆円ちかく減るという試算を出している。

 農家の暮らしを守るために、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、サトウキビなどの

 主要5品目を死守すると言いつづけてきた。

 コメは、誰もが認める日本人の主食だ。

 だけどさ。1970年代の半ばから、減反政策をとって来たんだぜ日本の政府は。

 農協は、減反廃止に強く反対してきた。

 コメの価格が下がれば、農業をやめる人が増える。

 農協の組合員が減ればコメの販売手数料や、肥料や農薬の販売も減ってしまうからだ」


 「驚いたぁ・・・あんた。

 農協職員のわたしより、はるかに農政に詳しいわね。

 あ・・・情報にうといわたしのほうが、のんびりし過ぎているのか」


 「酪農家だって、そのうちに大変なことになる。

 和牛が国際ブランドになり、世界に通用していると鼻高々だが、それはごく一部の話だ。

 関税が撤廃されれば、赤み肉のオーストラリア牛が大量に入って来る。

 そんなことになったら、日本の酪農家は大打撃を受ける。

 たとえば、いまの牛丼並盛の定価は、380円。

 1杯当たりの定量が、牛肉90g、ご飯は250g。

 仕入れ価格は、牛肉が98円、米が30円と試算されている。

 一杯当たりの材料費は合計で、128円だ。

 10年後に関税が廃止されると牛肉は1杯当たり、71円になる。

 安い輸入米にシフトすればコメは1杯あたり、13円まで下がる。

 合計で84円だから、44円も安くなる。

 だが、手放しでは喜べない。

 同じような変化は、飲食業界のあちこちで発生してくる。

 そんなことになってみろ。日本中で価格破壊と生き残りの競争がまたはじまる。

 太平洋の真ん中で発生した台風は、農業ばかりか飲食業界にまで、

 途方もない影響を巻き起こす」


 「あらぁ・・・暴れん坊将軍みたいな台風ですねぇ、TPPという怪物は」

 

 「政府は合意したTPPの中身について、ほとんどの部分を明らかにしていない。

 詳細が公開されていくのはこれからだ。

 大型の嵐がやって来る前に、俺たちは対策を整えておく必要がある」


 「それがさっき言っていた、5か年計画でハウスを大きくしていくということなの?」


 「これからさきの5年は、俺の勝負の5年間になる。

 のんびり構えていたら、TPPという台風に潰されちまうからな。

 それに嵐はTPPだけじゃねぇ。もうひとつ別の嵐が、日本中の農村を襲うはずだ」


 「もうひとつ別の嵐が日本中の農村を襲う?。どういう意味なの、それって?」


 「安倍政権がアベノミクスで、農業と農村の所得倍増計画というやつを明らかにした。

 第3の矢の、成長戦略というやつだ。

 農業の分野において今後10年間で、所得を2倍に増やすという。

 冗談みたいな話だが、安倍さんは本気らしい。

 だが、こんなものが実行されたら、おそらく日本から農家が居なくなる」


(89)へつづく

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