農協おくりびと (89)所得倍増政策の落とし穴

「アベノミクスの第3の矢で、農業所得が2倍になるのならいいことじゃないの。

 目くじら立てて、怒ることもないと思いますが?」


 「第3の矢が実施されれば、全ての農業者の所得が2倍になる、

 と信じている人がいるかもしれない。

 だけど。そんな単純な話じゃない。

 だいいち、農業者の所得を2倍にするとは、何処にも書いてない。

 「全ての」農業者の所得を2倍にするとも言っていない。

 じゃいったい、誰の所得を10年後に、2倍にするんだ。

 ここにこの政策の巧妙な、落とし穴が有る」


 「誰の所得が、2倍になるというの?」


 「株式会社に、農地の所有権をみとめる。

 農業を成長産業に変えて、農業所得を2倍にする、と書いてある。

 つまり。農業者の所得を増やすのではなく、農業法人の所得を2倍にすると言っている。

 所得が増えても、地方の経済は潤わない。

 増えた分は会社の所得になる。本社が有る都市部に吸い上げられる。

 本社が海外にあるのなら、所得は海外へ流出してしまう」


 「え・・・アベノミクスの所得倍増計画って、農業に参入した民間企業の

 便宜をはかるものなの?。

 それじゃ地域の農家は、だれも助からないじゃないの!」


 「そういうことさ。

 農村版のアベノミクスは、3つの柱で構築されている。

 ひとつ目の柱は、農地の集積だ。

 点々としている耕作地をひとつにまとめあげ、集中的な大規模農場を作る。

 10年間で8割の効率的営農体制を創りあげる、と明言している。

 小さな畑や水田で仕事しているのは非効率的だから、一カ所にまとめて

 機械化し、効率的に生産していこうという計画だ。

 こんなことは個人の力じゃできない。

 当然。資金力を持った大手企業が参入してくることになる」


 「大規模に整った農場を大企業に、はいどうぞと貸し出すわけね」


 「それを促進するため、都道府県に『農地中間管理機構(仮称)』を設立する。

 とはっきり書いてある。これがふたつ目の柱だ。

 この機構が、放置されている農地など借り受ける。

 用水路や排水路を整備してから、規模拡大をめざしている農業生産法人などに、

 まとめて転貸する。

 整備されたこの土地は、個人には絶対に貸さない。

 大型農家か、大手の農業法人に限って貸し出すことになっている。

 これが所得倍増政策の、目玉政策だ。」


 「念のために聞きます。第3の柱って、どんな内容なの?」


 「2020年までに6次産業の市場規模を、現在の1兆円から、

 10倍の10兆円まで拡大する。

 農業や水産業などの第一次産業者が、2次の食品加工と、3次の流通販売業務まで

 手がけていくことをまとめて、6次産業と呼んでいる。

 ここまでの規模の仕事を手がけるには、べらぼうな資金が必要になる。

 個人じゃ、絶対に無理だ。

 結局、6次産業の場にも、大手企業が参入してくる。

 アベノミクスは、農業分野へ大手企業が参入してくるのを手助けするものだ」


 「じゃどうなるの。大多数の日本の農家は?」


 「自民党は、小さな農家の事なんか考えていない。

 効率良く農産物を生産していくため、あちこちに大規模農家をつくりだす考えだ。

 小さな農家を残したままじゃ、海外の農業に勝てない。

 日本の農家はいま、全国におよそ163万戸ある。

 農家1戸当りの耕地面積は、1.2ha。

 EUは平均で15.8ha。米国は平均160ha。まるっきり規模が違う。

 小さい農家は邪魔だから、ドンドン潰してしまえというのがいまの考え方だ。

 空いた農地は大型農家や、農業法人に吸収させていく。

 大型農家と大手の農業法人を中心に、10年後に2倍の農産物を生産していく。

 生産が2倍になれば、当然、所得も2倍になる。

 政府は10年後の農業を、そんな風に考えているのさ」


 「そんなことをしたら、日本中で農家が潰れちゃうじゃないの」


 「そんな羽目にならないように、いまから準備をすすめる必要が有る」


 「何か秘策が有るの?、あなたには」


 「秘策は無いが、それなりの構想はある。聞きたいかい?」


 

(90)へつづく

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