農協おくりびと (85)キュウリのハウス
数日後。ちひろが山崎のビニールハウスへ顔を出す。
キュウリを見るため、約束通り、ビニールハウスへやって来た。
ちひろの姿を見た瞬間、山崎が思わず目を丸くする。
「どうしたんだ、その恰好は。
どう見てもパートでやってくる、近所のおばちゃんたちと同じだな」
頭に、日よけ対策のてぬぐい帽子。
帽子の下には、汗吸収用のアンダーフードをつけている。
ブラウスは肌障りの良い、綿100%。
下には軽くて涼しいと評判の久留米ちぢみ織りの、もんぺを履いているし、
おふくろ専用の赤い長くつまではいている。
どこからどう見ても収穫期のハウスで働く、パートのおばちゃんのいでたちだ。
「母屋へ、おはようございますって声をかけたら、お母さんが出てきました。
ハウスの中は湿気が多いから、そのままの服装では大変だから、
着替えてくださいと、この衣装を貸してくれました。
変かなぁ、やっぱり・・・わたしに、似合わないですか?」
「いや。似合いすぎて、ちひろさんには見えなかった・・・
おふくろのやつ。もう少し若い衣装を貸してやればいいものを。
全部、自分のお気に入りばかり着せるなんて、どうかしてるぜ、まったく」
「えっ、何か言った、いま?」
「いや、なんでもねぇ。ただのひとりごとだ。気にしないでくれ」
キュウリハウスの中は、苗がすくすくと育成中だ。
伸ばし放題のまま収穫していく農家も有るが、葉の枚数までしっかり管理して
キュウリを栽培していく農家も有る。
山崎は、どちらかといえば後者のほうだ。
キュウリは年2回、2月と9月にハウスへ苗を植える。
40日ほどかけて苗を育てる。
春もののキュウリの収穫期は、3月の半ばから7月の初旬まで。
秋に栽培されるキュウリは、10月の半ばから翌年の1月頃まで収穫がつづく。
最近のハウスは重油が高騰したため、あまり暖房を使わない。
そのかわり。ハウスの上部にもう1枚ビニールが張れる構造になっている。
これを操作して、上手にハウス内の温度を調節していく。
午前中の室温は、光合成促進のため30℃を保つ。
12時から13時は28℃、13時から15時は23℃、夜は16℃~17℃と、
徐々に温度を下げていく。
こうすることでキュウリに、まんべんなく栄養がいきとどく。
「いまは苗を育てている最中だから、比較的のんびりだ。
本格的な出荷がはじまるのは、来月からだ。
忙しくなれば1日に、5000本から6000本のキュウリを収穫する」
「それにしても、綺麗に管理していますねぇ。
わたし。キュウリの苗がジャングルのように、成長していると考えていました」
「枝が込み合ったり、葉が重なると病気が出やすくなる。
収穫量も半減する。
葉欠きといって、邪魔になる葉を片っ端から取り除いていく。
それがいまの時期の大事な仕事だ。
放っておくと、枝の間から脇芽がどんどん出る。
出る芽は全部摘み取る。
本場の5枚目より下の脇芽は、遠慮しないでぜんぶ摘み取る。
ほら、こんな風に見つけ次第、指先でポキンと摘み取っていくんだ」
小さな実を付け始めた新芽まで、山崎が慣れた手つきで摘み取っていく。
プロが育てる苗は、1株あたり、200本から250本のキュウリを実らせる。
もちろん、出荷が可能な本数だ。
出荷できない未熟なものまで含めれば、株は4か月間で400あまりの実を着ける。
「ぜんぶ出荷が出来たら、2~3年でキュウリ農家に、蔵が建つ。
それにキュウリってやつは曲がりやすいから、ぜんぶAクラスに育つわけじゃねぇ。
規格が厳しいから、曲がるとすぐに評価のランクがさがっちまう。
そのあたりが、キュウリ農家の悩みのタネだ・・・」
(86)へつづく
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