農協おくりびと (83)キュウリで金メダル

「親父と約束した4年間。俺はまたも、結果を出せずに終わった。

 どこの世界にも、上には上の人間がいる。

 努力をしても、報われるやつと報われないやつがいる。

 いや、報われた奴は、他のやつら以上に、研鑽と努力を重ねているんだ。

 スポーツの世界は努力の差が、明日の自分を作りだす。

 おそらく、俺の努力が甘すぎたんだろう。

 野球でもゴルフでも、結局、1番になれなかったということは」


 「そんなことはないと思う。

 あなたは全力でがんばった、とわたしは思ってる」


 「22になれば、約束通り、結論を出す必要がある。

 プロゴルファーを諦めて、キュウリ農家を継ぐために俺はここへ戻ってきた。

 負け惜しみじゃない。こんどこそここで一番を取ってやる。

 金メダルの美味いキュウリを必ず作ってやる、そう腹をくくった」


 「今度こそ、キュウリで金メダルか・・・

 野球でもゴルフでも、4位止まりだったあなたらしい見事な決意です。

 応援してあげたいな、そんなあなたの夢を」


 まったく意識していない言葉が、突如として、ちひろの口からこぼれ出た。

それが口から飛び出した瞬間。当のちひろが、軽い驚きを覚える。

(え・・・なんてことを口走っているんだろう、あたしったら・・・)

驚いたのは、それを聞いていた山崎も同じだ。


 「無理しないでください、ちひろさん。

 せっかくだから、気持ちだけは、有りがたくいただきます。

 そうだな。じゃあ今度、休みの日に、俺のハウスを見に来てくれないですか。

 自慢のキュウリを御馳走します」


 やんわりとかわしてくれた山崎に、ちひろが胸の内側でほっと感謝のため息を吐く。

(よかったぁ。不本意に口から出た言葉とはいえ、山崎クンが本気で受け止めたら、

わたしはキュウリ農家へ、嫁に行く羽目になるところでした・・・)

呑み終わった缶コーヒーを、山崎がポンとごみ箱へ捨てる。

ふり返った山崎が、「打ってみますか?」とにこやかに笑う。


 「ゴルフは、生まれて初めてです。

 素人がいきなりクラブを振っても、ボールに当たりますか?」


 「もとプロゴルファーが、責任をもって教えます。

 生徒の資質にもよりますが、そこいらあたりに居るティーチングプロよりは

 よっぽどマシだと思います」


 「ティーチングプロ?。また新しく聞く用語ですねぇ」


 「ゴルフの指導技能に優れ、広くゴルフ知識を身に着けたひとたちのことを、

 業界では、ティーチングプロと呼びます。

 日本プロゴルフ協会の指導要領を取得した者に、付与される資格です。

 ゴルフの普及と発展のために、活動している人たちの事です。

 平たく言えば、ゴルフ練習場やゴルフスクールなどで指導している人たちの

 ことを指します」


 「手取り、足取り、女性に密着して、懇切丁寧に教えてくれるおじさん達もいますねぇ。

 まさかあなたもそんな類(たぐい)の、ひとりじゃないでしょうね?」


 「ご希望なら、密着して教えます。

 でもいまさら触らなくても、ちひろさんの柔らかいお尻の感触はよく覚えています。

 新潟の海岸で、落ちてくるちひろさんに下敷きにされましたから」


 「あっ、そういえば、そんなことが有りましたねぇ。

 ふふふ。いつぞやは大変に失礼いたしました。

 ではお手柔らかにお願いします。まったく初めてなんです、ゴルフは」


 「大丈夫。いろはのいの字からお教えします。

 といっても、人にゴルフを教えるのは、実は俺も初めてです。

 競技ゴルフばかりやっていたもんで、まわりは一年中、敵ばかりでしたから」


 「あら。教わるほうも、教える方も初めてですか。

 うふふ。なんだか気が合いそうですねぇ、初心者のわたしたちって・・・」



(84)へつづく

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